カートをみる ご利用案内 お問い合せ サイトマップ
RSS
バネ鋼

お土産産業

2020年9月1日

  ネパールの観光業は貴重な外貨を稼げる一大産業です。なぜ貴重なのかと言いますと、ネパールは2019年の統計では外国からの輸入額が輸出額の15倍という超貿易赤字の国ですので、政府としては外貨が喉から手が出るほど欲しいところなのです。ちなみに日本の輸出入はほぼ同額です。

  店長は多くのお土産屋さんに商品を卸しているフェアトレードの工房にたまたまお邪魔する機会があったので、今回は観光と深いかかわりがあるお土産物の話をしようと思います。

  観光にはお土産物がつきもので、観光地にはお土産屋さんが並んでいるものです。Tシャツやアクセサリーなどのお土産品を自分で作って売っている小さなお店もありますが、大きなお店では仕入れ先から仕入れて売っていることが普通です。そんなお店に品物を供給しているのが今回訪問したフェアトレードの工房です。
  ちなみにフェアトレードというのはそのまんまフェア(公正)なトレード(取引)という意味で、労働者を搾取したり過酷な労働をさせたり環境負荷が大きい作業をしていないことが証明でき、かつ会計的にも透明性の高いモノづくりをしているという意味になります。
  最低賃金さえ守られていないどんぶり勘定のネパールではこれはかなりハードルが高いことです。

 今回訪れたバクタプルの郊外にあるチュダマニさんの工房は工房というよりはほとんど工場に近いレベルで、従業員はおおむね女性からなります。ここで作っている商品は主に焼き物とお面の類です。下の写真から何を作っているか分かるでしょうか?

 同じものを大量に作るため、まず焼き物の型に粘土を押し込みます。

お土産

  型から取り出したのがこれです。壺のように見えますが...。

お土産

  それをこんな窯で焼きます。

お土産

  焼きあがったものに彩色するとこうなります。

お土産

  な、なんと仏陀の頭でした! 胴体を作っている様子はありません、これは頭だけの置物なのです。仏像の頭だけ、それもこの色彩センス。これを買いたいと思う日本人がいるでしょうか?買ったとして家のどこに飾るのでしょうか?
  仏像にはほかにもいろいろシリーズがあるようです。他人事ながらこんなに大量に作って売れるのかどうかと心配になります。

お土産

  焼き物は仏像だけではありません。こんなのもあります。

お土産

  焼きあがるとこんな感じ。

お土産

お土産

  もっと可愛くできないものでしょうか?表情に独特のものがあるとはいえ、店長にはあまり可愛いとは思えません。
  お面もあります。やはり独特な表情です、これはチュダマニさんのセンスなのでしょうか?

お土産

  巷のお土産屋にあふれている日本人的には微妙な仏像やお面の少なくとも一部はここで生産されていることがわかりました。
  ネパールを訪れる観光客は多い順にインド、中国、アメリカ、スリランカとアメリカを除けばご近所の国が多いので、日本人の感覚では微妙でも南アジア圏の感覚では優れたセンスの人気商品なのかもしれません。

インドラ神の乗り物のお祭り

2020年8月1日

  ネパールでは毎年秋に首都カトマンズでインドラジャットラというお祭りが催されます。ネパールに数あるお祭りの中でも確実にベストテン入りするであろう盛大なものです。
  インドラジャットラという名前の通り、お祭りの主役はヒンドゥーの神様であるインドラ神(下の写真)です。そのはずなのですが、ちょっと情けないエピソードに基づいたお祭りであるせいかあまりインドラが前面に出て来ることはありません。

インドラ

  その情けないエピソードとはこういうものです。
  ある日インドラ神が母親にパリジャートという花をプレゼントしようと考えました。しかしたまたま天界にはパリジャートが咲いていませんでした。そこで彼は人間の姿に扮して地上に降り、庭に咲いていたパリジャートを摘もうとしますが、そこを人間に見つかってしまいます。
  お金を払うとかなんとかすればいいものを、人間界のルールに疎いインドラはうまい言い訳もできずに泥棒として人間に捕まってしまいました。神様なんだから何とでも出来そうなものですが、自分に非があるためか彼はおとなしく柱に縛られてしまいます。
  一方母親は花を摘みに行ったっきり帰ってこない息子を心配して地上を見下ろしてみれば、なんと息子が人間に捕まっているではありませんか!さっそく助けに行きました。

  ここで気が短い神様なら人間達をなぎ倒して息子を奪還するのでしょう。実際、戦いの女神ドゥルガーや死の女神カーリーなら身内にこんなことをされたらカトマンズごと滅ぼしかねません。しかしこの母親はなかなかの人格者で穏便に解決を図ろうとします。人間たちに”カトマンズに五穀を実らせる雨を降らす”という条件を提示して息子を解放してもらったのです。

  インドラ的にはむしろ早く忘れて欲しかったであろうこの情けないエピソードを人間達はいつまでも忘れずに毎年この時期にインドラジャットラのお祭りをするのでした。

  一方カトマンズのちょっと東に位置する古都バクタプルでも同じくインドラジャットラが行われます。こちらはカトマンズのものとは若干趣が違います。祭りのメインの一つがインドラ本人ではなくその乗り物なのです。
  ヒンドゥーの神様にはヴァーハナと言われるそれぞれ決まった乗り物があるケースがあります。バットマンがバットモービルに乗っているように、仮面ライダーがバイクに乗っているように、王子様が白馬に乗っているように、これはもう一つの様式美です。

  中でも最も有名なものがシバ神の乗り物である牛でしょう。インド人やネパール人の多くが牛を神聖視するのはこのためです。当然インドのマックのハンバーガーは中身がチキンか羊の肉で、牛肉100%などもってのほかです。
  そのほかにも上記のドゥルガー女神は虎やライオンに乗っていますし、日本の弁天様に相当する学問や芸術の女神サラスワティーは白いガチョウに乗っています。また象の頭を持った日本でもお馴染みの商売の神様ガネーシャはその巨体にもかかわらずネズミに乗っています。

  ではインドラは何に乗っているでしょうか?戦いの神であり雷神でもあるインドラが乗っているのはアイラーヴァタという白い象です。上の写真をもう一度よくご覧ください。インドラの足元にちゃんと象が座っています。
  ただの象ではありません、アイラーヴァタは4本の牙と七つの鼻を持つ象の王なのです。霧を編んで雲を作り出す能力を持ち、インドラが雷とともに雨を降らせる時にはその鼻でくみ上げた水を使うといいます。
  お祭りではこの象がバクタプルの旧王旧前広場を縦横無尽に走り回るのです。

  お祭り当日には広場にぎっしりと人が集まって、アイラーヴァタが登場するのを待ち受けます。

インドラ

  人々の視線の先にいるのはおおむね本物の象と同じくらいの大きさのアイラーヴァタのお神輿です。ちゃんと象の形をしています。アイラーヴァタはお神輿にあるまじきスピードで走り回り、人々は熱狂します。

インドラ
 
インドラ

インドラ

  ネパールにお祭りは数あれど、神様本人ではなくその乗り物(ヴァーハナ)がここまで大きく取り上げられるお祭りを店長は他に知りません。
  普通ヴァーハナは神様のお供的な存在で、神様と一緒に語られることはあっても単独で活躍することは少ないからです。

  まあこのお祭りに関しては上記のエピソードのような特殊な事情もあり、ちょっと顔を出しづらいインドラ本人ではなくあえてそのお供の方を前面に押し出す形にしたのかもしれません。
  心優しいバクタプルの住民達でした。

消えゆく氷河

2020年7月1日

  いきなり重い話題ですが、ヒマラヤの氷河が消えつつあります。原因はご存じ地球温暖化です。これは世界的な問題なので店長ごときが一人で騒いだところでどうにもならんのですが、今回は店長がよく行くヒマラヤトレッキングで氷河の後退を実感したというお話です。

  昨年ヒマラヤのアンナプルナエリアをトレッキングした際に、宿から目視できる山腹に氷河の端っこが見えたのです。地図上でもほんの2kmほどしか離れていないので宿のスタッフに確認すると「道はないけど行ってこれるよ、行ってもなんにもないけどね」とのこと。何にもなくてもいいから行ってみることにしました。
 宿の窓から見える風景はこんな感じです。

氷河

  宿の近くにはその氷河から流れ出した川がそそぎ込む湖があって湖岸は盛り上がったモレーン(氷河が運んだ岩屑)でできていたので、遠い昔は氷河の端がここまで来ていたことを伺わせます。
  この湖を左に巻いて(右には行くなとスタッフに言われたので)湖にそそぎ込む川を右に見ながらざくざくのモレーンを20分ほど歩くと道はなくなり、だんだんと川原は狭くなり岩がちになってきます。
  更に進むともう岩しかありません、大は自動車から小は鞄くらいの岩からなるガレ場を飛んだり這ったりして進むことさらに2時間、ついに辿り着きました氷河の端っこへ。氷河の端はそそり立つ氷の壁でした!

氷河

氷河

  店長は氷がだんだんと溶けていって氷河の厚みが薄くなって消えていくものと思い込んでいましたが、実際は30mはある氷の壁がいきなりそびえ立ち、その下に崩れ落ちた氷の塊が10m程の幅に転がっているという構図でした。
  せっかくここまで来たのですから氷河で冷やしたビールで一杯いきたいところです。しかし、標高が富士山頂と同じくらいなので酔いが回りやすい事とアルコールが入った状態で帰り道のガレ場を歩く自身が無かったため断念しました。
  せめて氷河のかけらを持ち帰って宿でロックを飲めばよかったと後悔しています。惜しい事をしました。

氷河

  さてここまでの所要時間ですが、宿のスタッフが1時間半くらいで着くと言っていたので多分たっぷり2時間はかかるだろうと思っていたらその通りでした。
  これは地元の人の足が異常に丈夫であることもありますが、氷河が年々後退していることも一因ではないかと思います。なぜなら実際に歩いてみるとどう考えても地図上での2kmより距離があったからです。地図に記された氷河の端の位置は氷河が後退する前の物なのではないでしょうか。
  そしてこんな何もないつまらない所(地元の人にとっては)にそうそう行く事もないので、このスタッフの記憶は恐らく子供の頃のもので、ここ30年ほどで急速に後退した氷河の端っこはその当時はまだ数百m手前にあったのではないかと想像されます。
 
  ぐったり疲れて宿に戻ったらもうお昼を過ぎていました。宿のスタッフが言った通り確かに岩と氷以外なんにもありませんでしたが、氷河を知らない日本人の店長にとってとても不思議な経験した事のないような場所でした。
  きっとこの岩と氷を見たがる観光客も多いでしょう。氷河オンザロックも飲みたいに違いありません。ここはこのヒマラヤの寒村の大きな観光資源になる可能性を秘めています。
  場所はアンナプルナエリアのマナンという村近辺のガンガプルナ氷河です。

氷河

  しかし、しかし、大変残念なことにそこに辿りつく道ゆきがあまりに過酷すぎてとてもお勧めできるものではありません。川沿いに歩いて行くだけなので迷う心配はありませんが、いつどこで足をくじいても、川に落ちても、斜面を滑り落ちても不思議ではない場所の連続です。
  しかも怪我をして動けなくなった場合の連絡手段がありません。ある程度の登山の経験がある者が二人以上のパーティーを組む場合にのみ自己責任で訪問しましょう。店長も友人と二人で実行しました。
  まあ訪れる者を選ぶという点はいかにも秘境っぽくてよいとも言えますが…。

素敵な招待状

2020年6月1日


  ある日当店のスタッフの家に大きな封書が届きました。下の写真をご覧ください。

ブラタバンダ

  これはブラタバンダのお祝いの招待状に違いありません。一目でわかります。なぜなら日本人が見ても何のこっちゃ?という感じの右側の絵がブラタバンダであることを余す所なく物語っているからです。
  具体的には男の子である事、髪をひと房残して剃っている事、弓を持っている事、正しく七歩歩いている事です。絵だけではなくこの招待状を送った家の男の子はヒンドゥーのお坊さんを呼んで本当にこの通りの事をやります。

  で、結局ブラタバンダとは何のことかと言いますと、男の子が一人前になる通過儀礼なのです。つまり法律的にはともかく、慣習としてはこれが成人式になります。
  “ 髪を剃って七歩あるけば一人前かよ? ”などと思ってはいけません。一昔前の日本各地にはもっとバカバカしい成人の儀式がたくさんありました。米俵を一俵担げれば一人前(基準は力だけか?)とか、真夜中に危険な難所を越えられれば一人前(越えられなかった人はどうなっちゃうの?)とか….。

  封筒を開けると中には素敵な招待状が入っていました。なかなか良いデザインです。周囲は金縁で中央にガネーシュが配してあります。
  ガネーシュは象の頭を持ったヒンドゥーの神で商売の神様でもあり障害を除く神様でもあります。この場合は恐らく後者の意味合いで、成人後の人生に立ち塞がるであろう障害を取り除く為のものと思われます。

ブラタバンダ

ブラタバンダ

  中央の文章は伝統に則ってサンスクリットで書かれています。これは日本で言うならお経や祝詞のようなもので、よほど教養がある人でなければネパール人でも読めません。
  さて、実は今回のブラタバンダの主役は当店のスタッフの友人のそのまた友人の息子にあたるそうです。友人の友人レベルの遠いつながりで招待状が来るなんて日本ではまずありませんが、ネパールではこの種の催しはとにかく盛大にやることが重要であるらしく、さらに遠いつながりの店長までもスタッフの「ご家族」枠に入れてもらって当日のパーティーに連れて行ってもらいました。

ブラタバンダ

  これが会場です。夜目にも妖しい輝きを放ち大音量の音楽も聞こえています。近所迷惑を考慮してか周囲に人家はなく、郊外にポツンと建っているあたり更に怪しいものがあります。こんなところ招かれたのでなければとても入っていく勇気はありません。

ブラタバンダ

  会場の入り口から入ってすぐにある玉座のような椅子にこの日の主役である男の子がつまらなそうに座っていました。本人にしてみれば1人だけ友達から離されて御馳走もろくに食べられない訳ですから楽しいはずはありません。
  一方で会場内は豪華な食べ物がバイキング形式で食べ放題かつ飲み放題で、一角にあるステージではネパールでは結構知られた芸能人が歌とトークを披露しています。

  ちなみに日本人がカラオケが好きなようにネパール人は踊るのが好きです。小さな頃から各種行事(特に宗教行事)に踊りが組み込まれているため何のてらいも無く普通に踊ります。
  この日もステージ前では招かれた客が躍る踊る、店長も誘われましたが店長が唯一身に付けているダンスは北海盆踊りだけなので丁重に固辞しました。

ブラタバンダ

  以前の店長日記でも書きましたが普段はつましいネパール人もブラタバンダにかけるお金は半端ではありません。一昔前のいわゆる名古屋の嫁入りのように「息子3人いれば身代潰れる」レベルの費用が掛かります。
  昨今はネパールの経済成長が著しいせいもあってか、都市部では以前に比べて更に派手になりつつあると感じます。
  ただこのブラタバンダは日本の成人式とは違って“ 必ず〇〇歳にやる ”という決まりはないので男兄弟が3人いたら3人まとめて一度で済ますこともできますし現にそのケースが多いです。家がつぶれないための現実的なやり方ですね。

  一方ブラタバンダの招待客も行事を思いっきり楽しみます。ただ座って料理を食べるだけの日本の行事とは違って、招待客が楽しめるような工夫がされており、かつ積極的に参加します。
  特に招かれた子供にとってはお祭り屋台が全部タダのお祭りも同然です。きっと楽しい思い出として一生記憶に残る事でしょう。

  本当に人生にメリハリがある、楽しむことに長けた人たちです、ネパール人は。

ネパールの銅製品

2020年5月1日

  ネパールを歩くとよく銅製品の金物屋を目にする気がします。金物屋は鉄製品の金物屋と銅製品の金物屋とに明確に分かれているのですが何故か銅製品の金物屋ばかりが視界に入ります。商店の中で本当に銅の金物屋の割合が高いのか、それともキラキラと輝く金属光沢が目を引くのせいなのかは分かりませんがとにかく目立ちます。

  なかでも特に目立つ大物はガーグリと呼ばれる甕状の水入れとタウロという大鍋でしょう。これらはもうお店の看板のようなものです。下の写真をご覧ください。

銅製品

銅製品

  上の写真で店の壁面を飾っているのが大鍋です。また下の写真でスマホをいじる兄ちゃんの上にぶら下がっているのも大鍋でその中にあるのが水入れです。
  店長ならこんな所には怖くて座っていられません。なぜならこの直径50cm超級の大鍋の重さは10kg近くあり、水入れも4kgは下らないからです。頭部に直撃すれば死なないまでも大怪我は間違いありません。鍋の取っ手がひっかけてある鉄のレールが程良く錆びているのも不安感をあおります。

  素材はどちらも銅または真鍮(銅と亜鉛の合金)か青銅で赤っぽいのが銅、金色のものが真鍮か青銅です。いずれもかなり厚みがあり、大鍋は日本の同サイズのアルミの大鍋の優に10倍の重さはあるでしょう。
  ネパールにだって軽いアルミ鍋はありますし、水道があれば大きな水入れも必要ないはずです。とすると、これは実用品なのでしょうか?そしてこんなによく見かけるほど需要があるのでしょうか? こんな疑問が当然思い浮かぶはずです。

  まずは実商品なのかという疑問にお答えしますと、水道が整備されていない地方では水入れは十分実用品です。むしろネパールでは水道が整備されている地方の方が限られています。カトマンズのような首都でもちょっと郊外に出ると普通に井戸か共同の水道を使っています。
   カトマンズの隣町のバクタプルにある当店のスタッフの実家も庭に井戸があって洗濯はその水を使います。
  山の村に行くとそれが更に顕著で、水は結構な距離を下って(村は大抵高い所にあるので)川か共同の水場から汲んできます。生活用水は各家庭の蛇口から出てくるものではなく家の中の水入れに貯めて使うものなのです。下の写真が典型的な共同の水場です。

銅製品

  ちなみに銅製なのにも意味があります。銅は加工がしやすいという点も大きいですが水入れとして使うのならば中の水が腐らないようにすることは非常に重要です。銅イオンには殺菌作用があり、銅や銅合金製の器からは微量の銅イオンが水に溶け出しているため水が長持ちするのです。

  次に需要ですが、意外にもこれがあるのです。上記の用途としてだけなら陶器やプラスチックの容器だってかまわないはずです。まあ殺菌力は落ちますが銅製より軽くて持ち運びしやすいという利点があります。価格だってプラスチックの方が桁違いに安いはずです。にもかかわらず一定の需要があるのです。それは贈答品や儀式(特に結婚式)用として欠かせないためです。
  日本でも和服は特別な職業の方を除いて既に実用品としての意味合いは薄いにもかかわらず一定の需要があります。なぜなら和服は結婚式や夏祭りといった伝統行事やパーティーなど、ここ一番の際に威力を発揮するからです。
  同様に銅製の大鍋や水入れもネパールの伝統行事で威力を発揮します。
  ネパールでは結婚式で花嫁が足を洗う儀式があります。ヒンドゥーのお坊さんが厳かにサンスクリットの呪文を唱える中、着飾った花嫁の足をプラスチック製の洗面器で洗えるでしょうか? そうです、ここで大鍋が登場します。料理の道具でもありますが儀式用品でもあるのです。

  大鍋や水入れは親が買い与える場合もありますが親族からの贈答品としても人気の品です。なぜならこれは嫁の財産になるからです。
  そもそも銅は地金自体が高価な金属である上に職人が手間をかけて作り上げた製品は非常に高価なものです。銅製品もピンキリではありますが、本当に良い大鍋は現地のサラリーマンの月給が吹っ飛ぶほどの値段になります。

  銅の水入れは銅板から職人の手により打ち出される鍛造品です。最高級のものは2枚の銅板、というより分厚い銅のホットケーキ状の塊を槌で打ち続けて上半分と下半分の形にして、最後に上下を鍛接したものになります。
  銅合金は熱間鍛造がしやすいとはいえこうした鍛接箇所が1か所しかないものは腕の良い一部の職人しか作ることができません。
  一方安物は3~5枚の薄い銅板を打って鍛接で継ぎ合わせたもので、薄いのであまり槌で打たなくてもよく曲がるため槌目が粗く、継ぎ合わせた鍛接痕が何か所もあることが見た目で明らかなうえに手に持つと軽いのですぐ違いに気が付きます。
  より分厚く重く鍛造の槌目が細く鍛接箇所が少ないものが高級品なのです。

銅製品

  上の写真をご覧ください。二つ並んだ銅の水入れは日本人には同じに見えます、しかしネパール人が見れば右側が高級品であることが明らかです。
  左側は水平な鍛接痕が3か所あるのに対して右側はわずか1か所です。表面の質感も左が粗く右は滑らかです。また写真ではわかりづらいですが右側は首から肩にかけて装飾が施されています。
  これらのことから、ほぼ同じ大きさなのにもかかわらず総合的に値段は右側が左側の3倍以上になるのです。

  こうした銅製品は頑丈であるため何代にも渡って使い続けられることがあります。しかしいつかは穴が空き、ひび割れ、水が漏れるようになります。
  なんでも修理して使うのがネパール流ですから当然ロウ付けや鋳掛で修理されますがどうにもならないほどになった場合でも、もちろん捨てたりはしません。リサイクルに出します。これはお寺や伝統建築の銅製の飾りなどでも同じです。
  銅合金は地金の値段がそもそも高いので結構よい値段で売れるのです。これは高級品低級品関係なく量り売りで1kgあたり700円くらいでしょうか。
  安く思えるかもしれませんがネパールでは700円あれば3人で外でお昼御飯が食べられる事を考えると実質日本での3,000円くらいの価値があります。10kgの大鍋なら3万円になる感覚です。

  こうやって家々やお寺などから引き取られた銅古物は銅細工職人がまとめて買い取って溶かされてまた新しい水入れや鍋に生まれ変わるのです。
  下の写真にある店長が3年前にカトマンズで買って台所で使っている鍋もその素材はヒマラヤの山奥の寺院の百年前の窓飾りかもしれませんし二百年前の神像かもしれません。
  そう思うと鍋から何やらオーラが出ているような、いないような...。

銅製品 
銅製品

ネパールでも外出禁止令

2020年4月1日


  店長です。2月の店長日記でお知らせしましたように今年はネパール観光年です。ですがそれどころではない事態になっております。取り急ぎこの文章の執筆時点である3月31日現在におけるネパールの状況をお知らせします。

  ネパール政府の発表では、ネパール国内で確認された感染者はまだ2名です。ネパールという国が陸の孤島のような立地であることが幸いしているのかもしれません。このまま持ちこたえてくれることを切に祈ります。

  現在日本や諸外国からネパールを訪れるのは非常にハードルが高い状況です。なぜなら政府の方針で、すべての国際線のフライトが停止されて空路からは入国できなくなっているからです。
  陸路でもすべての国境が封鎖されています。ただし重要物資の多くを地続きであるインドに頼っているネパールですから貨物などについては今後も国境の完全閉鎖はできないでしょう。日本と同様に「入国者は2週間の自己隔離」と言っていますがインド人に対しても本気で行うつもりなのか大いに疑問です。国境でいちいち荷物の積み替えなんてするとは思えません。
  さてそのインドでは数百人レベルの感染者が報告されていますのでこれから先のことは全然安心できません。ちなみにネパールは中国のチベットとも国境を接していますが、こちらの方はインドに比べれば貨物はともかく人の往来は非常に少ないです。

  ではすでに入国済みの旅行者なら自由にネパール国内を観光できるのかと言えば、それも難しいです。
  ネパール国内では国内線のフライトと長距離バスの運行が停止されているうえに外出禁止令が出ているので入国しても目的地までたどり着く事は困難かと思われます。同じ理由で、目的地までたどり着いた人はカトマンズまで戻ってくることが困難です。
  またネパール観光の柱の一つである登山ですが、エベレストの登山許可の発行も春のシーズン中は停止されています。エベレストだけではありません、TIMS(トレッキング許可証)の発行そのものが停止しているのでアンナプルナやランタンといった各地のトレッキングエリアに入ることさえできません。

  上記の諸々のことから今観光産業は大打撃を受けています。当店の現地スタッフのもう一つの仕事が観光業なのですが、「10月まで全く仕事がない」とのことです。彼は当店からの収入があるからまだましで、観光一本の方々は壊滅的です。
  乾季のシーズン中は非常に賑わっているはずの外国人ツーリスト街のタメル地区などは過疎化の町の商店街みたいになっていて、5年前のネパール大地震を思い起こさせます。
  これらの措置がいつまで続くのかは分かりません。当面外出禁止令は4/8まで、国際線の停止は4/15まで、エベレスト登山禁止は4/30までとなっていますが、さらに長引くかもしれませんし状況が改善されればネパール政府のことですので案外突然解除される可能性もあります。

  皆様、数か月後になるかもしれませんが、もし安全が確認されて措置が解除されました後には是非ネパール旅行をご検討ください。9月以降にまた乾季が始まって次のシーズンが到来します。ヒマラヤも文化遺産も変わらない姿で皆様を待ちくたびれていることでしょう。

野良犬

2020年3月1日


  最近の日本では野良犬をほとんど見かけなくなりました。店長が子供の頃は少ないながらもまだその辺をうろついていました。公園に行けば「もらってください」と書かれた段ボール箱に入った子犬が本当にいたものです。運よく拾われれば飼い犬に、拾われなければ野良犬になります。そんな光景も21世紀に入ってからはとんと見かけていません。

  一方、ネパールでは事情が違います。現役で野良犬がいくらでもうろついており、その生息密度は店長が子供だった頃をはるかに上回ります。多分我々の父母が子供だった頃の日本がちょうどこんな感じだったのでしょう。

  野犬が増えると色々と不都合な事が起こります。まず第一に犬は人を噛みます。猫だって場合によっては人を噛みますが人は猫より圧倒的に体が大きいので普通は猫に噛まれることに脅威を感じたりしません。しかし犬となると中型犬ですら素手の人間の戦闘力を凌駕します。まして大型犬なら大量殺人も可能です、脅威なのです。更に悪い事に犬は猫と違い群れを作ります。犬の群れはたとえ人間が銃を持っていても強敵です。
  そして更に不都合な事に犬は噛むことによって狂犬病を人に伝染させることがあるのです。ちなみに猫も狂犬病に感染しますが猫が積極的に人を噛むことはそうそうありません。

  幸い野良犬の脅威を感じることは今の日本ではほぼありません。しかしネパールでは特に旅行者にとっては依然として恐ろしい相手です。夜間や人気が無い町はずれで野犬の群れに出会った時の恐ろしさと言ったらありません。
  地元の人は暗黙の協定でもあるのか単に慣れているせいなのかあまり襲われることはないようですが、よそ者である旅行者は野犬にとって自分たちのテリトリーを犯す侵入者であって容赦ありません。また奴らが狂犬病の予防注射など打っているはずもありません。

  日本ではこのような不都合を解消するため、ちょうど我々の父母が子供だった時代に施行されたのが狂犬病予防法です。これによって野犬は捕獲され殺処分されるようになり、飼い犬の予防注射も義務化されました。そのおかげで環境省の殺処分数の統計では45年前の年間109万頭から、最近ではおおむね1/100である1万頭前後にまで激減しました。  野良犬を見かけなくなるわけです。ちなみに猫も捕獲の対象ですが上記したように人間にとってあまり脅威ではないためか熱心に捕まえている様子もなく、現在でも野良猫は普通に見かけます。

  さすがは公衆衛生が行き届いた日本ですね。でも店長も野犬に噛まれたくはありませんが、人間に管理されていない自由な動物が人間と関われないというのはちょっと寂しい気もします。下のような光景が道端で普通に見られるとなんだか同じ世界に一緒に生きている感があって安心します。いや、噛まれたくはないですけどね。

野良犬
 
 

ロマンチック・レンガ街道

2020年2月1日
今回は首都近郊の町の旧市街地のお話です。

  店長のネパールでの拠点は、首都カトマンズではなくその近郊のバクタプルという町です。理由は当店の現地スタッフの家がバクタプルにあるという事と“よい鍛冶屋がバクタプルで見つかったから”という単純なものです。
  当店を開設するにあたって、カトマンズの鍛冶工房にも試作品を作らせて腕を試したのですがどうも作りが粗く(あくまで日本人の基準での粗さです、ネパール人的には問題ない品質です)現在契約しているバクタプルの工房がやはり最高でした。

  ちなみに後から分かったのですが、この工房探しの際に次点に挙がった工房が何とアメリカの有名なククリショップであるヒマラヤン・インポートと契約のある工房でした、さすがですね。こちらの工房はネパール内戦(1996年~2006年)中にバクタプルから安全な東部に引っ越してしまったので、現在バクタプルでジャパニーズ・クォリティの刃物を打てるのは当店と契約するこの1軒だけだと思っています。
  ですが、ブレードやグリップといった主要部分はバクタプルの鍛冶工房で作っていても、それ以外のナイフの装飾(象嵌細工や水牛革)などはカトマンズの各種工房に作らせているので、店長はカトマンズとバクタプルの間を行き来する機会が多いのです。近郊とはいえ歩ける距離ではないため、スタッフの車に相乗りできなかったときは公共交通機関を使います。

  交通機関としては昔は電動のトローリーバスが走っていたのですがいつのまにかなくなってしまいました。タクシーはバスに比べて劇的に料金が高いくせに劇的に早く到着するわけでもないのでコスパが悪すぎます。よって交通機関はバス一択となります。

  バクタプルとカトマンズの間を結ぶバス路線は大きく分けて2つのルートがあります。新道ルートと旧道ルートです。新道ルートは10年ほど前に日本の協力で全面開通したばかりの幹線道路を行くルートで、よく整備されて道幅も広く街灯も途切れなく立っていて平坦な良い道路です。
  この道ができる前も同じ場所にちゃんと道路はありました。ですが整備状態が悪くて渋滞もひどく、道端の白く塗った大木がガードレール替わりという有様でした。それが今では上記の通りで、さすがは日本の協力でできた道路ですね。時間帯にもよりますがこのルートを行けばカトマンズ中心部からバクタプルの新市街まで50分といったところです。

  一方旧道ルートは上記のルートができるはるか昔に二つの都市を結んでいたルートだと思われます。なぜならこの道はカトマンズ周辺の中小の町の旧市街を縫うように通ってバクタプルの旧市街に到着するルートだからです。
  つまり今の旧市街は昔々町が繁栄していた当時の中心街であったはずで、カトマンズ盆地にネワール族が都市を作り、カトマンズ、パタン、そしてバクタプルその他中小の周辺都市が栄えたのが16世紀前後ですので、旧道はその当時の主要道路であったことが容易に想像できるからです。

  こちらのルートだとカトマンズ中心部からバクタプルまで1時間以上かかります。丘陵地を通るために若干のアップダウンがあり、道幅も狭くてあまり整備されていません。またどういう訳か途中の道端でバスが止まったまま20分ほど動かない事もあり、そんな時はさらに時間がかかります。ですが、それでも店長はこっちのルートが好きなのです。

  味気ないコンクリート製の新市街や郊外型の大型店舗を見ながら走るより、味わい深いレンガ造りのネワール様式で建てられた旧市街や昔ながらの市場を見ながら走る方がいいに決まっています。なかでもカトマンズとバクタプルのちょうど中間地点にあるティミという町は伝統的な家屋がよく残っており古都の趣があります。
  ティミは丘の斜面に沿って作られた町で斜面の下側が新道に面した新市街、上側が旧道に面した旧市街という立地です。この高所に市街があるという構造はネワール族の町の多くに共通した特徴で、バクタプルやキルティプル、タンコットなどの近郊の町も同様の立地です。

  店長の勝手な想像ですが、この立地の理由は町の防衛にあったのではないかと思います。ネパールがまだカトマンズ盆地の小国の一つだった頃、周辺の数十の小国が虎視眈々とこの地を狙っていたのです(この当時の戦闘の様子はカトマンズの西側にある軍事博物館で見ることができるのでネパール史に興味がある方は必見です)。
  ですから街を作るなら平地よりも攻めるに易く守るに堅い高所を選ぶのは当然の理なのです。

  木や竹や紙で作られた日本家屋と違ってレンガ造りのネワール建築は上記の戦火にも耐えて、ティミの旧市街を非常に魅力的なものにしています。下の写真をご覧ください。

ティミ

  これは旧道から少し丘を下ったところにある寺院です。小さなお堂ですが周りにはいつも地元の人たちがたむろして良い雰囲気です。境内がないただのお堂ですので他の大きな寺院のように「靴を脱げ」などと言われる事も無く中を覗くことができます。

ティミ

ティミ

  中にはイカした壁画やおそらくバイラブと思われる神様が鎮座しておりました。ちんまりして可愛い感じもしますが、バイラブはヒンドゥーの破壊神ですのでくれぐれも不敬の無いようにご注意ください。
  隣に建っているレンガのネワール建築もなかなか良い感じです。旧市街は建物はもちろん、地面まで全面レンガ敷きですので新市街のアスファルト路面とは味わいが違います。

ティミ

ティミ

  よく見ると道端に何やら同じ形の物がたくさん置いてあります、何でしょう? 下の写真のような妙な機械もあります。
  道端に並べられていたのは乾燥中の焼き物で、妙な機械は粘土を練る機械です。ティミは焼き物の町としても有名なのです。

ティミ 
ティミ

ティミ

  奇妙なことに街中でこれほど大規模に焼き物が作られている割には焼き物を販売するお店があまり見当たりません。これは港町に魚屋がないのと同じ理由なのかもしれません。
  港町に魚屋がないのは地元の住人にとっては「魚は買うものではなくその辺にいくらでも転がっているものであり、知り合いから入手するもの」であるためですが、ティミの住民にとって焼き物は「その辺で幾らでも分けてもらえるもの」なのでしょう。

  同じく焼き物の町でもバクタプルのようにそこそこ観光客が来れば事情が違います。ちゃんと焼き物のお店が並んでいます。
  しかしティミは観光客を見かけることもほとんどないような町なので致し方ないところです。シーズンにもよりますが2時間歩いて一人の外国人も発見できずじまいということも珍しくありません。もっとも店長にはネパール人とインド人の区別がつかないので案外インド人は訪れているのかもしれません。
  まあ、カトマンズのように騒がしくもなく埃っぽくもなく、観光地化されていない本当の伝統的な街並みを堪能できるので、お好きな方にはそこがティミの魅力だともいえます。店長はお好きな方に含まれているため時々用もないのにティミで途中下車してしまうのです。

  2020年はネパール観光年“VISIT NEPAL 2020”と銘打ってネパール政府が観光に力を入れていますので、旧道の観光地化されていない伝統的な街並みを「ロマンチック・レンガ街道」などと名付けて売り出す作戦も大いにアリかと思われます。
  2020年にネパール旅行される方は「ロマンチック・レンガ街道」の御訪問を是非ご検討ください。
 

ヒマラヤの磐座(いわくら)

2020年1月1日
  以前の店長日記でも紹介したことがありますが、ネパールでは自然にできた大きな岩石や洞窟などが神様または神様の宿る場所(依り代)として信仰される事があります。

  日本の神道でも磐座(いわくら)といって昔から巨石が信仰されておりますし、神社などにはしめ縄が張られた大きな石があったりしますので、同じような心情なのだろうと思います。
  なにしろネパールのヒンドゥー教も日本の神道も万単位の神様が存在する多神教の宗教ですので、その辺のちょっとした岩石にだって神様が宿っていて不思議ではありません。

  ただし、いくらネパールの神様の数が多いとはいえ岩が依り代になるためにはそれなりの条件があるようです。店長の勝手な印象ですが、
①大きい事 
②他とは違う特別な色や形をしている事 
③何らかのストーリーがある事
などが条件ではないかと思います。

磐座

磐座

  上の写真は前述の店長日記で紹介したバグバイラブです。バグバイラブは、①大きな岩である ②形がトラのよう ③-1周辺の土地に本当にトラが出る ③-2トラはバイラブ神にゆかりのある動物である、ということから見事にすべての条件を満たしています。
 
  ヘランブーと言われる地方のヒマラヤ山中を歩いていてこんな巨石に出会いました。しめ縄のようなものが巻いてあるところまで日本の磐座そっくりです。下の写真をご覧ください。

磐座

  これは条件①は満たしていますし、表面に変な模様が浮き出ているので②もクリアしています。ただ残念なことに周囲に誰もいなかったため、③については分からずじまいでした。いったいどの神様が祀られていたのか?何となく猿の顔っぽいので猿神ハヌマーンかもしれません。

  下の写真はエベレスト山域にあるラムジュラという3500m級の峠を越えた先にある小さな祠の巨石です。ちょっと分かりづらいかもしれませんが家くらいの巨石の上に小さなお堂が乗っています。おそらく巨石が先に祀られるようになって、そのあとで祠が作られたのでしょう。

磐座

  十分に大きいので条件①はクリアです。②③についてはこれも付近に人気がなかったので分かりませんでした。なにやら文字が彫られていたので店長がチベット文字を読めたらもう少し何か分かったのかもしれません。
 
 下の写真はヘランブーにあるメラムチガオンという村の高台にあるの岩窟寺院です。

磐座

  これは奥の岩の下が洞窟になっている岩窟寺院です。この辺りは数年前のネパール大地震で相当に揺れてほとんどの家屋が倒壊した地域ですが、岩窟寺院だけはビクともしませんでした。こうした神秘性も今後条件③のストーリーに加わっていくのでしょう。

  ちなみに店長の出身地北海道の神社は明治の開拓期に建立されたものが多いので、境内にある巨石には天地開闢や国造りに絡んだストーリーがある可能性が高いと思われます。
  日本でもネパールでも、珍しい形や色の大岩があればそこから何らかの力を感じてしまうのが人間の心というものなのでしょう。
 

酒のつまみ

2019年12月1日

  ネパールでは家の中でも外でもよく酒を飲みます。隣国の同じヒンドゥー教国のインドでは飲酒は不謹慎なこととみなされている(だが禁止ではない)らしく売っている店を探すことも難しかったりするのとは対照的です。

  酒を飲むという事はつまみが欠かせません、これは鉄則です。ネパール人はお酒が好きなのでネパールはつまみも豊富です。いい国ですね。店長もお酒が好きなのでネパールへ出張の度に日本から大量のおつまみを持って行きます。もちろん自分用ではなくお土産としてです。
  日本から持って行ったつまみで何がネパール人に人気があるかと言いますと、意外なことにそれはシーフードです。

  なぜシーフードが意外なのかといいますと、ネパールはヒマラヤの小国なので海なんてどこにも無いからです。一番近い海岸線は国境を越えて優に400キロは先ありますので、生の海産物など目にしたこともない人が大半でしょう。
  また店長が知る限りネパールに水族館はなく、外国のアニメに登場するタコやイカやウニは子供にとって正体不明の怪生物です。
  そういう訳でほぼ全員がまともなシーフードなど食べたことがないのです。にもかかわらずシーフードを食べさせてみると皆美味しいというのです。これはつまり食習慣や経験にかかわらず人類にとって普遍的にシーフードが酒のつまみに適していることを意味しているのではないでしょうか。
  では日本のつまみを人気順に挙げていきましょう。

1位 裂きイカ・・・これが嫌いなネパール人にはまだ会ったことがありません。また、これの正体がイカだと見破れるネパール人にも会ったことがありません、当然ですね。
  一度裂いていないイカの姿そのもののロールイカを持っていったらあまりの不気味さ(ネパール人にとって)に非常に嫌な顔をされたので、もうしません。そりゃ生まれて初めて見たら気持ち悪いですよね。まあそれでも食べていましたのでよほど好きなのでしょう。

つまみ

2位 サンマのかば焼き・・・そう、あのぱっかんと開ける缶詰です。タレまですべて舐め尽くすくらい好まれます。こっちの方は正体を明かしても嫌な顔はされませんでした。
  砂漠を持たない日本に住む我々が地平線まで続く広大な砂丘にロマンを感じるように、ネパール人はどこまでも続く大海原に対して漠然とした憧れがあるらしく、サンマが太平洋を回遊する魚で日本の秋の味覚だと説明したら感慨深そうでした。

つまみ

3位 焼きタラ・・・これが一般名称かどうか分かりませんが、あの白くて紙みたいな、何と言うか魚の練り物を薄く延ばして焼いてシート状にしてから細切りにしたようなアレです。細切りにしていないものはパッと見はネパールのスナックであるパパドに似ていますので、騙して食わせたらそれ以来皆さんに気に入ってもらえました。

つまみ

  その他、いか天やスルメそうめんなどのイカ系のおつまみもなかなかの人気です。ちなみにナッツ系はむしろネパールの方が日本より充実しているので受けません。わずかにジャイアントコーンは大きさが珍しかったためかちょっと受けました。
  シーフードと言えば最近はカトマンズで寿司を食べるネパール人も増えてきつつあるようですが、一般的には生魚は口に入れることすら拒絶されることが多いので、やはり乾きモノがよろしいようです。

つまみ

  最後にシーフードなのかどうか微妙なものを一つ、タコ焼きです。タコ焼きもここ数年で見かけるようになりました。下の写真は店長が拠点を置く古都バクタプルのショッピングモールの前にオープンした屋台です。どこまで日本の味に迫っているのかを試すべく買ってみました。

つまみ

  驚くべき事に味は日本のタコ焼きそのもので、マヨとソースがかかってタコもちゃんと入っていました。凄い再現度です。
  焼いてる本人に聞いてみたところ「ウチの姉ちゃんが日本でタコ焼きの勉強して帰ってきて、それで兄妹全員でやってるんだ」とのこと。6個入りで200ルピー(約200円)はちょっと高いと思いますが、まあ日本で食べるケバブなんかも現地に比べれば結構なお値段ですのでそんなものなのでしょう。
  これをお読みの皆さん、店長はナイフで手一杯なのでやりませんが、今ならシーフードの処女地ネパールにシーフードチェーンを立ち上げてシーフード王になることも夢ではないと思われます。まずはおつまみの販売から挑戦してみてはいかがでしょうか? まあ物価差を考えると儲けは期待できませんが.....。

ページトップへ