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ネパールの教科書 その2<世界への貢献>

2025年12月1日

  前回の店長日記でネパールの教科書を紹介しました。前回は教科書で大きく取り上げられていた人口問題のお話でしたが、今回はネパールの世界への貢献のお話です。

  教科書には、特に歴史や社会の教科書にはその国が世界をどのようにとらえていて何を重要だと思っているのかが強く反映されます。また自国の「誇り」や「スタンス」のようなものも見て取れます。
  中学二年生の社会の教科書を見ますと、ネパールが世界に大きく貢献している事が随所で取り上げられています。

  でもちょっと不思議ですよね?ネパールは国土も日本の4割ほどと小さく、経済規模も世界99位で名目GDPベースで日本の約90分の1しかありません。このヒマラヤの小国がどのような貢献をしているというのでしょうか?
  それは国連平和維持軍への派兵なのです。ネパールが誇るグルカ兵は世界最強ともいわれる兵士です。彼らを含む兵士たちを世界の紛争地域に派遣して紛争が戦争や大量虐殺に発展する前に火消しをする、これは世界への大きな貢献です。

貢献

貢献

  2023年のデータではネパールの平和維持活動(PKO)従事者は並みいる大国を押さえて世界最多の6,247名となっています。これはネパールにとって大きな誇りであり、教科書で大々的に取り上げて子供たちに知らしめるべき事なのです。
  ちなみに日本は店長が調べた限りでは同時期で10名ほどでした。日本には日本なりの制約があっての事ですが、この差は圧倒的です。

  教科書の中でもう一つ特筆するべき記述がありました。「良い政治とは」という一節があるのです。
  そこにはこう書かれています。
良い政治とは、汚職を最小化し、少数派の意見を考慮し、社会的弱者の声に耳を傾けることを保証するものである。一方、悪い政治には多くの堕落の余地がある。
 つい2,3か月前にネパールで政治家の汚職に耐えかねた民衆によって暴動が発生し。汚職政治家が放逐され、新政権が発足しました。
  国会議事堂が炎上するほどのかなりの暴動だったのでご記憶の方も多いでしょう。これではこの教科書で学んだ子供たちに顔向けできません。



  今後ネパールの政治がどのようになっていくのかは分かりませんが、教科書にはこのようにも書かれていました。
良い政治とは、社会における現在そして未来のニーズに敏感なものである。
クリーンな政治が国民のニーズであるならば、進むべき道は明らかです。

ネパールの教科書 その1<人口問題>

2025年11月1日

  当店には日本側のスタッフと現地ネパール側のスタッフがおります。その現地スタッフの子供が去年高校を卒業して、教科書はもういらないというのでまとめて全部もらってきました。中学までさかのぼったらかなりの量になって、スーツケースがパンパンになりました。
  時々暇を見つけてこの教科書に目を通してきましたが、なかなか興味深いものが見えてきましたのでご紹介します。

  ちょっと大げさかもしれませんが、教科書を見るとその国が分かります。特に歴史や社会の教科書にはその国が世界をどのようにとらえていて何を重要だと思っているのかが強く反映されているように思われます。また「誇り」や「スタンス」のようなものも随所ににじみ出ております。



  これは8年生の社会の教科書です。ネパールの学校制度は日本のような6・3・3制ではなく5・3・2+2制です。なので8年生は日本の中学2年生に相当します。

  左上のつり橋はネパール北部の山岳地帯、中央のネワール様式の建物はネパール中部の旧ゴルカ王宮、右端はネパール南部のタライ平野、左下は多分摂政を務めたラナ家のビール・シンシャー、中央下は言わずと知れたギリシャのパルテノン神殿、右下のおじさんは当時の国連事務総長です。
  つまりネパールの地理と歴史、そして世界との関りを表現した表紙なのです。パルテノン神殿とゴルカ王宮を上下に並べたあたりに誇りが垣間見えます。

  さて内容ですが、最も多くのページが割かれているのは人口問題です。なんとこれだけで77ページを費やしています。それもそのはずで、今ネパールでは人口が爆発的に増加しているのです。
  4年前の統計によると毎年おおむね1%ずつ人口が増え続けており、ここ10年間で270万人の増加となっています。
  山がちで平地が少なく国土も日本の40%しかないヒマラヤの小国にとって+270万人はもう受け入れられる上限ギリギリと言っていいでしょう。ネパールにとって人口増加は待ったなしの喫緊の課題なのです。

  ちなみに日本は同じ期間で230万人の減でした。日本の社会の教科書も人口問題を取り上げていますが、当然論調は真逆で少子化対策に主眼が置かれています。ただ残念なことに手元にある高校の教科書では割かれたページはわずか2ページです。ネパールを見習ってもっと本気を出してほしいものです。

  教科書の記述も中学2年にしてはかなり突っ込んだ本気度が高い表現になっています。一例をあげると個人の取り組みとして16通りもの避妊の方法が解説されていたりします。また社会全体の取り組みとして人口増加の原因を下のように分析しています。

原因
1.文字が読めないことによる無知
  → 2021年時点で識字率は71%、つまり29%は字が読めない
2.貧困
  → 2010年時点で貧困率は25%、つまり4人に一人が1日に300円以下しか稼げない
3.伝統的価値観
  → 女性は早く結婚して子供をたくさん産むのが善である、という風潮
4.宗教的信念
  → 男児を生まないのは悪であり、家が断絶したら死んでから地獄におちる、という信念

  上記の1~4の改善には膨大な時間とお金と努力が必要なのは言うまでもありません。中でも3と4を変えていくのは極めて困難でしょう。ネパールでは伝統や宗教は日本人の想像を遥かに超える力を持っているからです。
  昔の日本にも似たような価値観はありましたが、21世紀の現在の教科書に「地獄に落ちる」事はないので子供は女の子でも問題ないと大真面目で書いてある所に闇を感じます。

  一方で伝統や宗教的信念に正面から逆らってでも人口増加を止めようとする所にこの国の不退転のスタンスを感じます。このまま何も手を打たずに数十年が経過して、270万人の増加があと数回続いたならば、国連から最貧国に指定されているこの小国はすべての資源や予算を食いつぶして崩壊すると分かっているからです。

人口問題

人口問題

  教科書の人口問題の章のまとめとして、大家族(上側の画像)ではなく小さな家庭(下側の画像)を持つことが幸せにつながると力説されています。でも「西洋や日本では小さな家族でみんなハッピー」というようなやや誇張された説明まであるのは如何なものか? 日本は少子高齢化で困ってるんですが…、過ぎたるは及ばざるがごとしです。

山羊を食べる日

2025年10月1日

  ネパール人は宗教行事を大切にする人達だからでしょうか、ネパールは祝祭日が多い国です。そして全国的な祝祭日だけでなく特定の地域や民族に限定されたローカルな祝祭日もまた多いのです。
  世界遺産に指定されているカトマンズ盆地に住むネワール族には「山羊を食べる日」があります。より正確には「山羊の血を神にささげて、残り物の肉をおいしく頂く日」でしょうか。
  この日は盆地内の会社も学校もお休みになります。なぜならこの日は盆地内の一族が本家(?)に集まり、たくさんの人手を要する一大イベントになるからです。学校や仕事になんて行っている暇はありません。

  この日が近づくにつれて街中で山羊をよく見かけるようになります。大抵は男の人が首にひもをかけられた数頭の山羊を引いて歩いています。ぱっと見は犬の散歩ならぬ山羊の散歩のようにも見えますが、そんなのどかなものではなく山羊にとってはまさにドナドナです。
  行先は肉屋さんではなく各ご家庭になります。そうです、家で生きた山羊を屠るところからこのイベントはスタートするのです。

  ここから先は少々スプラッタですので、苦手な方はやめた方がよろしいかと。

  山羊を捌いてその血を神にささげるのは男の仕事とされています。血をささげた後に山羊は首を落とされます。ここで活躍するのがククリなのです。日本でよく使われているステンレス製の包丁などでは山羊の首は落とせません。力と重さでぶった切る性能に特化した刃物が必要です。

山羊

  首を落としたら次は内臓を取り出します。内臓は中まできれいに洗って煮物にします。体は毛を剃ってから残りの毛を火で完全に焼き切ります。ここまでするのは皮も一緒に食べるためです。
  捌き終わって肉塊と化した山羊を料理するのは女の仕事とされています。皮付きのまま調理された肉は煮込むとトロトロになってまさにコラーゲンです。

山羊
                  内臓をきれいにしているところ

山羊

                    バーナーで毛を焼き切っているところ

  このようなスプラッタな光景はさすがに首都カトマンズの繁華街では見られませんが、バクタプルのちょっとした路地や広場などでごく普通に見られます。
  親族が集まって家の軒下で男も女もごちそうのために力を合わせて作業をする。この風景を見ていて何だか既視感があると思えて仕方がなかったのですが、分かりました、お正月の餅つきです。
  親族が集まる伝統行事である点や子供が周りではしゃいでいる点、男は力仕事、女は料理という点もそっくりです。店長にとって子供の頃に親戚の家で行ったお餅つきが楽しい思い出であるように、ネワール族の子供たちもまたこの楽しいイベントを一生忘れないのでしょう。

  料理ができれば宴会の始まりです。大人数の一族の場合は広場に天幕を張っての大宴会になります。大きさにもよりますが、1頭の山羊からは10kg前後の肉が取れます。親族一同でおなか一杯食べられる量です。伝統衣装のサリーで着飾った女性が多いのも何だか日本の正月みたいです。

山羊

山羊

  会場の隅にはおこぼれの内臓を噛む野良犬や順番待ちの山羊がいたりして何だか諸行無常を感じます。

山羊

山羊

  宴会が終わると飛び散った血しぶきと儀式の痕跡が恐怖映画のワンシーンのようです。しかし誤解してはいけません、下の写真は殺人現場ではなく楽しい伝統行事の跡なのです。

山羊

山羊

  この大イベントの実施には念入りな準備と親族の結束が必要です。もはや学校行事や地域の秋祭りに実施されるだけとなりつつあるほどに廃れてしまった日本のお餅つきとは違って、一族で支えあって今日の繁栄を築いてきた民族であるネワール族にとってこれは現役バリバリの重大行事です。
  ネワール族のパワーを感じたい方は毎年4月末から5月初め(ビクラム歴なので年によって日にちはバラバラです)をカトマンズ盆地で過ごしてみてはいかがでしょうか? 


シャクナゲに埋もれた村

2025年9月1日


  今回はベストシーズンのシャクナゲを見るためにヒマラヤ山中の村に行った時のお話です。
  ヒマラヤ山中にひっそりと咲くシャクナゲはとても美しいものです。その可憐さとヒマラヤに咲く希少性から赤いシャクナゲはネパールの国花に指定されており、政府によって保護されています。

  実は店長は何度もヒマラヤを訪れているにもかかわらずいつもシーズンを逃してしまい、目に入るのは散りかけの花ばかりで悔しい思いをしてきました。なので今回は時期と標高を計算してベストの時期にシャクナゲがわんさか咲いている場所に行ってみることにしたのです。
  目的地は首都カトマンズの北に位置するランタン国立公園の中にある標高3,350mのシンゴンパという村です。富士山で言えば8合目の高さですね。

  まずはバスに乗ってふもとの町ドゥンチェまで行きます。バスが出る時刻は決まっていますが、日本とは違い到着する時刻は未知数です。天候や道路状態、そして運に左右される要素が大きいからです。この日は天気は良いが運がありませんでした。
  出発して2時間後、エンストしたバスが道を塞いでいて片側交互通行になっている場所があり、ひどい渋滞になっていました。ようやくそこを通り過ぎて更に1時間後、今度は幅1.5車線しかない細い山道を大型トラックが完全に塞いでいて交互通行もできない状態になっています。
  このトラックはエンストでもなんでもありません。車体が重いのに加えて道が舗装されていないためタイヤが滑って坂道を登れないでいるのです。

  バスならいったん乗客を降ろして車体を軽くして通過するところです。しかしこのトラックはカラ荷なので降ろす荷物がありません。荷物が重いのではなく後ろの荷台そのものが重くて登れないでいるのです。ここは勢いをつけて突っ切るほかありません。それでダメならいよいよ店長が乗ったバスの乗客が降りて皆で押す羽目になります。ヒマラヤバス旅行あるあるですね。
  幸い今回は何度目かのチャレンジで登り坂を登り切ることができたので押さずに済みました。やれやれです。



 そんなこんなで時間を食ったためドゥンチェに着いたのは午後4時。カトマンズから8時間かかりました。まずはここで一泊します。

  翌朝7時に宿を出ました。なるべく早くシンゴンパに着いてシャクナゲを堪能したいからです。驚いたことに歩き始めてすぐに道はコンクリートの登山道になりました。以前訪れた時はこんなものはなく、普通の土や岩だらけの地面だったはずです。
  雨季になったらこのコンクリートが威力を発揮するのでしょうが、歩きやすくはあっても風情がなくなりました。整備し過ぎるのもいかがなものかという思いと、現地住民的には便利になって良かったという思いでちょっと複雑です。

  登り始めてから5時間、1,400mを登り切り、シンゴンパに着きました。カトマンズでは夜も扇風機をつけっぱなしにしないと眠れないくらい暑かったのに、シンゴンパは晴天の真昼にもかかわらず気温は体感12,3度といったところ。さすがは標高3,350m、フリースの上着を着ることにしました。

  さてお目当てのシャクナゲですが、とにかく凄い! まるでシャクナゲの林の中に埋もれるように村があります。以前の店長日記にも書きましたがシャクナゲは葉に毒があるので家畜はシャクナゲを食べません。そのため家畜をたくさん飼っている村の周辺はシャクナゲだけが食べ残されて、ほとんどシャクナゲの純林のようになるのです。
  ただ一つ残念だったのは、これでも満開の時期を少し過ぎてしまっていたことです。話を聞くと今年は例年より10日ほど早いとのこと。これも地球温暖化の影響なのかもしれません。



シャクナゲ

シャクナゲ
  


  シャクナゲは赤色だけではありません。白や黄色やピンクのシャクナゲもあります。意図したわけではないでしょうが、ここまでくれば立派な観光資源です。あとはここに来るために1,400m登ったりバスを降りて押す覚悟がある物好きがどれだけいるか、ですね。
  物好きな店長としては大満足でした。

公園がない

2025年8月1日

  最近ネパールにレジャー施設が増えたと感じます。
  ちょっと前までは観光客向けのラフティングなどを除けばネパール国内に地元民向けのレジャー施設と呼べるようなものはほとんどなかったのですが、ここ数年でちょくちょく目にするようになりました。

  以前の店長日記でも紹介した屋内スケートリンクや観覧車もある大規模遊園地(こっちはかなり前からありますが)などが存在できるということは、それを支えるだけのレジャー人口があるという事です。

レジャー
                         カトマンズ市内のスケートリンク

レジャー
           カトマンズファンパークの観覧車

  必要不可欠ではない事に少なからぬお金を出せる人がたくさんいるのですから、それだけネパールが豊かになった証拠とも言えます。
  ネパールでは公費で子供の遊び場を整備するという感覚が薄いのか、スポーツを振興するつもりがないのか、単に予算がないのか知りませんが、公園というものをまず見かけません。
  そういう訳ですから公園以上にお金がかかる大人が楽しめるレジャー施設なんて政府が作るわけがありません。作るとすればそれは民間の資本になり、採算が取れる必要があります。
  まあ首都圏だけではありますが、ここ数年でようやくその条件が整ったという事でしょう、喜ばしいことです。
  下の写真はバクタプルのポカリ(四角い池)にできた水上足漕ぎボート屋です。平日の昼間でも若者グループで結構にぎわっています。



レジャー
              ポカリの足漕ぎボート、ちゃんとライフジャケットを貸してくれます

  ただ、子供が無料で遊べる施設がまだ少ないのは残念です。そもそもネパールには子供のための公共の公園というものがまずありません。
  一方、日本では都市公園法という法律がありますし地方自治体が条例で定めてもいますので、ある程度の人口に対して一定以上の面積の公園の造成が必須になっています。
  ですからちょっとした住宅街には遊具や砂場がある公園がどこかしらにあるのが普通です。

  少々古い統計ですが、日本では平均して一人当たり8.4平方メートルの公園があるそうです。これは約畳5枚分に相当します。その気になれば全国民が公園で生活できそうな広さですね。
  という事は500人規模の小街区ひとつに対してバスケットボールのコート10個分という計算になります。
  実際は郊外に自然公園やキャンプ場といった住民共通の大型施設があったりしますので、そちらに面積を割かれて住宅街の公園は小街区ひとつに対してコート1個分といったところでしょうか。

  さてネパールに話を戻しますと、レジャー施設はいいとして無料の公園の整備にはまだまだ時間がかかりそうです。ではお金のない子供たちはどこで遊べばいいのでしょう? さらに言えばレジャー施設に行けない大人やレジャー施設なんて嫌いな大人はどこで余暇を楽しめばいいのでしょうか?
  大丈夫です、ネパールには子供も大人も楽しめる伝統的なレジャー施設があります。それは『お寺』です。

  日本では日常的にお寺に行く人は少ないかもしれません。訪れるのはせいぜい葬式や墓参りの時くらいであって、子供連れで遊びに行く場所ではありません。
  でもネパールでは違います。あくまで店長の印象ですが、お寺の参拝は大人にとってレジャーであり、子供にとっては良い遊び場になっているように思われます。しかもそのお寺が日本の公園を上回る密度で存在するのです。

  上の写真はバイラブ寺院で、大きな通りに面しているせいもあってこれまたにぎわっています。後ろの広場では子供が走り回っており、車も入れないので安全な運動場と化しています。
  下の写真のお寺の前の広場のなんと広いことか!どんなに走り回っても怒られません。

レジャー

レジャー

  とはいえ、お寺があるから公園がいらないとは思えません。いろいろな遊具で子供たちを遊ばせてあげたいです。ブランコがあるだけでどれだけ子供たちが喜ぶでしょう。
  問題山積のネパール経済ですから、子供の福祉にふんだんにお金が使えるようになるのはきっとずいぶん先の事になると思われます。まして不要不急の公園整備事業ですから優先順位も低いでしょう。
  でもこの国が過去30年間で少しずつ良くなってきているのを店長はこの目で見ています。ですからきっといつかは子供が無料で遊べる公園が整備されるはずです、いつになるのかは分かりませんが…。

サンガの大シバ神

2025年7月1日

  奈良や鎌倉に大仏があるように、ニューヨークに自由の女神があるように、ネパールにはサンガマハディブがあります。サンガマハディブは巨大なシバ神像なのです。
  まずはその雄姿をご覧ください。



  すみません、あまりにも大きすぎて上半身が見切れています。下の写真に写りこんでいる人間の大きさと比べてみてください。
  サンガマハディブは身長43.5mあります。現存する世界最大の青銅像である奈良の東大寺の大仏が約15m(仮に立ち上がったとしても30m弱)、ガンダムが18m(実在しませんが)ですのでその大きさが分かります。
  上の動画では全体に足場が組まれていますが、これはネパール最大のお祭りであるダサインを前にしてお化粧直しをしているからであって、普段はむき出しの姿です。材質は不明ながら色からすると銅製のように思えます。ちなみに自由の女神も銅製で、最初は銅色だったのが風雨にさらされるうちに錆びて緑色になったそうですので、何十年か後にはサンガマハディブも緑色になっているのかもしれません。

大シバ神像

大シバ神像
                 空にそびえる銅(あかがね)の城

  サンガマハディブがあるカイラシュナートはカトマンズ盆地の東端の高台の上にあります。ここから先は盆地が終わって山がちな地形になります。像は西を向いて立っているのでちょうど盆地全体を見下ろしている感じです。
  交通の便という意味でもなかなかの好立地で、ネパールの交通の大動脈の一つであるアルニコハイウェイ沿いにあるため、カトマンズや当店の拠点があるバクタプルからバスで簡単に訪れることができます。
  にもかかわらず今の今まで店長が訪れてた事はありませんでした。実はこの像は大仏や自由の女神とは違って最近(と言っても十年ちょっと前に)作られたばかりで、通りがかるたびにバスの窓から「あれ?何か建ってるけどなんだろう?」と思って見ていたらコロナが流行り始めて海外に出るのが難しくなってしまい、ようやく最近になって行ってみたという訳です。

  ここを訪れる方は、まずカトマンズやバクタプルから東に向かうバス(たとえばドゥリケル行き)に乗って、「サンガ」というバス停で降りてください。カトマンズからなら時間帯にもよりますが1時間ちょっと、バクタプルからなら20~30分といったところです。
  常に像が見えていますので迷う事もないでしょう。バス停から歩いて15分ほど丘を登れば到着です。

  ここを訪れたのならばついでに名物のつり橋も渡ってみましょう。スカイブリッジと呼ばれるこの橋は歩行者専用の橋で、店長の歩測ですが全長約200mありました。ここまで長い歩行者用のつり橋は日本にもそう多くはありません。でもネパールは山国なのでこのレベルのつり橋は結構あるような気がします。

大シバ神像
 



   足元の隙間から下を走る車が見えます。もしこの橋が無ければ30分以上はかかるであろう対岸までわずか2、3分です。でも風が強い日は下を歩きたいです。

  サンガマハディブはシバ神像としては世界一の大きさだそうですのでこれから益々観光客が訪れるでしょうし、時が経てばワンチャン世界遺産も狙えるかもしれません。
  これを読んでいる皆さんも今のうちに大シバ神像を見ておいて、50年後くらいにイイ感じに緑色に錆びた頃に「いやぁー、自分が行った当時はまだ出来たばかりでさぁ、銅色が綺麗だったんだよね」とか言って自慢するのも一興かと。

世界で最も美しい谷 ≪ランタン谷≫ その4

2025年6月1日

  4日目の今日はシャブルベシまで高低差2,000mの怒涛の下りになります。かなり憂鬱です、なぜなら下りは体力的には楽ですが確実に膝に来るからです。
  宿の中庭では神々に薫香がささげられていましたので、膝がもちますようにとお祈りしておきました。

ランタン谷

  神頼みも良いのですが、現実的にはチャイテさんお手製の竹のポールが頼りです。

ランタン谷

  結論として竹のポールは下りでも威力を発揮しました。いやむしろ下りの方がより有用でした。段差を上から下に踏み出す時は着地の瞬間に一瞬足が大きな力を出さなければなりません。この時に必要な力は段差を上る時以上です。この力の一部をポールに負担させることで膝と筋肉への負担を軽減できるのです。
  今回のトレッキングではこのポールの威力を知ったことが収穫でした。次からは店長の常備品になりそうです。もちろん竹じゃなく軽量アルミ製を買うつもりですが。

  イヤな物が目に入りました。「地滑り危険地帯」だそうです。雨季の終わりのこの時期は地盤が弱り切って危険が高まっているはずです。



  お次はこの看板です。何だか分かりますか? 山道はたいていは片側が崖で片側が山になっています。ラバの隊商が通る時に崖側に避けるとそのまま押されて崖から落ちるから山側に避けろ、という注意看板です。ヒマラヤならではですね。

ランタン谷

ランタン谷

  と思ったらやってきましたラバ隊が。いつもご苦労様です、でもこっちに来ないでね。

ランタン谷

  お昼ご飯を食べたロッジのテーブルの上に奇妙なものが広げられていました。一目でこれが何だか分かった方は相当のネパール通です。これはヤクのチーズをカチカチに干して燻製にしたもので、チベット系住民の定番の保存食の一つになります。なにしろ冷蔵庫なんてありませんから。
  鰹節まではいきませんがそれに近い硬さがあります。一説にはあまりの硬さに口に入れてから吞み込めるまで2時間はかかるとか。そこまで待てない店長は卸し金でガリガリ粉チーズにして食べてます。

ランタン谷

ランタン谷

  味は、、、ありません。いや多分舌が慣れていないせいであって、食べ慣れればおいしさが分かってくるような気もします。強いて言えば牛乳を温めたものを放っておくと上に膜ができますよね?あの膜を乾燥させたらこんな味かな?というような味です。

  そんなこんなで出発から10時間かかって日も暮れたころに出発地点の町であるシャブルベシに着きました。膝が軽く笑っています。やれやれ明日は筋肉痛ですね。
  夕食は冷えたビールにダルバート。標高が低いのでもうアルコールを飲んでも大丈夫です。

  翌朝は運よくバスではなくジープを捕まえることができたので、カトマンズまでたった5時間半で着きました。往路より4時間も早いなら探してでも乗る価値があります。
  ちなみにバスの待合所には「エアコン付き」とか「デラックスバス」とか書いてありましたが、嘘っぱちです。停車していたのはドアがちゃんと閉まるかどうかも怪しいバスでした。

ランタン谷
 
ランタン谷

  たった5日間でしたが「世界で最も美しい谷」を楽しめました。今度はシャクナゲが咲く季節にまた訪れたいものです。

世界で最も美しい谷 ≪ランタン谷≫ その3

2025年5月1日

  三日目の目的地はいよいよランタン村です。標高は3,400mまで上がるのでここはダイアモックスの出番です。 以前の店長日記でも紹介したダイアモックスは高山病の予防薬で、よく効きます。
  出発前にカトマンズの薬屋で買っておきました。10錠わずか100ルピー(約100円)で命の危険さえある高山病を予防できるのですから飲まない手はありません。
  人にもよるのでしょうが店長の場合は飲んでしばらくすると指先がかすかにピリピリ痺れるような感覚に襲われます。正座した後の足のようなこの感覚がしてくると、普段なら不快に感じるピリピリも逆に守られているような安心感があります。

  歩き始めてすぐにガイドのチャイテさんが道端の木の実をつまんでポイポイ口に入れました。野生の山椒だそうです。店長も2~3粒口に入れて噛み締めようとして、寸前で思い止まりました。ネパール人が平気な顔をしているからといって日本人も同じとは限らないという事を、長年の経験が店長に教えていたからです。
  慎重に一粒だけつまんで端をかじって味見しました、そしてヒマラヤの生山椒の実力を思い知りました。乾燥して粉末になった日本の山椒とは大違いです。
  歯医者で麻酔注射を打った時のように唇と口内が痺れて、水を飲むと口の端から漏れ出る始末です。ウナギに山椒を大量にかける派の店長は正直内心では舐めていました。しかし生だからなのか、それともヒマラヤ山中の品種が特別に強烈なのか分かりませんが、これはウナギに振りかけて食べられるようなシロモノではありません。チャイテさん恐るべし!
  本日の宿に着くまで口はずっとこの状態でした。2~3粒噛み締めていたら今頃は、、、と思うとぞっとします。
 
ランタン谷
                  目が慣れると結構見つかるヒマラヤ山椒

  ランタン村の手前に慰霊碑がありました。数年前に発生した大地震の際にここにあったネパール軍駐屯地が地滑りで壊滅したからです。今では高台の方に新しい駐屯地が作られています。これとは別に村内にもランタン村の住人の慰霊碑があります。

ランタン谷
                                                             慰霊碑

  前日に比べればトレッキング道の勾配は緩やかで、さして苦労もせずに昼前には本日のお宿であるチベタンゲストハウスに到着しました。お昼ご飯を食べる時に、なかなか見ないレベルの立派な台所だったのでちょっと写真を撮らせてもらいました。

ランタン谷
                           台所 

  宿では9月後半のこの時期からもう冬季に向けての保存食づくりが始まっていました。下の写真はカゴ一杯の干したブロッコリーと、中庭に広げたキャベツの葉です。もう少しすれば家畜をつぶしてひと冬分の干し肉やソーセージを作る季節になります。

ランタン谷
                     カゴ一杯の干し野菜

ランタン谷
                   よく見るとまぎれもなくブロッコリーです

ランタン谷
                   ビニールシートの上で干しているのは...

ランタン谷
                        キャベツの葉でした

  早い時間にランタン村に宿をとったのはほかでもありません。今日一日を周辺散策に費やしたいからです。宿の東側に歩くこと20分で高台に出ます。そこから振り返ったランタン谷の全景が下の写真になります。

ランタン谷
                      ランタン谷全景

  うーん、やはり実物の10分の1も迫力が伝わりませんね。写真に納まりきらない左右の絶壁や間近に見える7,000m級のランタンリルン、谷を渡る風の音、谷底の水音、薄い空気に差すお日様の温かさ、足元に咲く可憐な高山植物、それらすべては実際に訪れた者だけが味わえる果報なのでしょう。やはり来てよかった!

  高台にはネパール軍の新駐屯地の他に学校もあります。ですがそれだけではありません。店長が今までに目にした中でも最大のメンダンがありました。メンダンはマニ壁ともいわれる石や土でできた低い「壁」の事です。これはチベット仏教の宗教的な建造物であり、店長は詳しくありませんが魔除けのような呪術的な意味合いがあります。

ランタン谷
                       長い長いメンダン

  メンダンに沿って歩いてみました。いやー、長い長い。途中何度か途切れながら300m近くも続いていました。
  歩く道々、足元には名も知らぬ高山植物が花を咲かせています。雨季も終わりがけで花の盛りは過ぎているとはいえそれでも十分に目を楽しませてくれます。

ランタン谷

ランタン谷

  周囲を歩き回っているうちにもう夕方になりました。日が沈みきらないうちに済ませておかなくてはならない重要なことがあります、それはホットシャワーです。
  お湯は太陽熱で沸かしますので今日のように天気が良い日は快適な温度なります。しかし日が沈むと気温がぐっと低くなるのでシャワーから上がった後が辛くなります。二日ぶりのシャワーを楽しみに宿に戻るとしましょう。

次回へ続く


世界で最も美しい谷 ≪ランタン谷≫ その2

2025年4月1日

  二日目は約1,300mの登りになります。こんな感じの石段のような結構急な登りです。しかもせっかく登ったのにまた降りるというアップダウンが多いので体力を使います。



  登り始めてしばらくして、遅れ始めた店長の荷物をガイドのチャイテさんが持ってくれようと声をかけてくれました。でも意地を張って持ってもらいませんでした。なぜならここで持ってもらったら「自力ではランタン谷まで行けない」と宣言したも同然だからです。世界で最も美しい谷に自分だけの力ではたどり着けない、などということを認めるわけにはいきません。
  見かねたチャイテさんはその辺の藪にガサガサ入って行き、竹を折って戻ってきました。そして手と足とその辺の石だけで手早く杖を二本作ってしまいました。お見事!手製のトレッキングポールの出来上がりです。
  使ってみて分かりました。段差を上る時には一瞬ですが足に強い力が必要になります。一方筋肉は中くらいの力を出し続けるのは得意ですが、一瞬とはいえ足を踏み出すたびにピーク出力を出すのは辛いものがあります。
  ポールはそのピークに必要な力の一部を補ってくれるので力が平均化されるのです。その結果、楽に足を動かし続けることができました。素晴らしい!今まで使わなかったのがアホらしくなるくらいの威力です。

  強力な武器を得たおかげで12時半にはラマホテルに到着し、お昼ご飯になりました。それにしてもなぜこの辺りがホテルと呼ばれているのか分かりません。小ぶりなロッジが数件あるだけなのですが…? ダルバートとお茶で750ルピー(約750円)と平地の2~3倍のお値段です。さっきから頻繁に道ですれ違うラバの隊商がここまで運び上げているのですから仕方ありません。



  道はおおむね川に沿っているため何度も橋を渡ります。こんな感じの橋です。ステンレス製でしょうか。でも橋の下に以前落ちたらしい古い橋の残骸が見えるのは精神衛生上よろしくありません。架け替えた時についでに撤去してほしいものです。
  雨季の終わりの激流は、落ちたら水泳のオリンピック選手でもない限り命はないでしょう。



  峠に着くとチャイテさんはちょっと待てと言います。ザックからマッチとお香を取り出すと火を付けました。ランタンの神々に捧げる薫香であり安全祈願です。線香がなければ杜松の葉を使ったりします。これはシェルパ族であるチャイテさんを含む高地に住むチベット系の民族の習慣であり、このあたりでは普通のことです。

ランタン谷




  出発から8時間後、本日のお宿のチューカモンホテルに到着。ホテルのちょっと手前あたりから7,000m級のランタンリルンが良く見えます。

ランタン谷
                         ランタンリルン(7,234m)

  夕食はホテルの食堂が団体客で埋まっていたので台所で食べさせてもらうことになりました。台所は火を使っているせいで温かいので店長的にはむしろこっちの方が居心地がよろしいです。怪しいネパール語を話す珍しいトレッカーに皆親切にしてくれますし、時々団体客向けの料理をつまみ食いさせてくれたりして…。


                                台所

次回へ続く

世界で最も美しい谷 ≪ランタン谷≫ その1

2025年3月1日

  谷と言ったら何を思い浮かべるでしょうか。 ムーミン谷? 風の谷のナウシカ? グランドキャニオン? 今回はムーミン谷のように穏やかで、風の谷のように緑にあふれ、グランドキャニオンのように壮大な、ヒマラヤ山脈の奥地に広がる美しい谷をご紹介します。その名をランタン谷といいます。

  1938年にイギリスのエベレスト遠征隊の隊長を務めたビル・ティルマンはランタン谷を『世界で最も美しい谷の一つ』と評しています。
  店長も長いこと行きたかったのですが、さあ!と思ったときにコロナが流行り出して機会を逃してしまいました。それから待つこと5年、いよいよのランタン谷なのです。

  出発したのは雨季も終わりがけの9月でした。まずは前回の店長日記で紹介したマチャポカリの野菜市場からバスに乗ります。目的地はランタン山群の入り口の町であるシャブルベシです。
  バスは結構大型のバスで、7:40の始発の時点で既に席は7割がた埋まっています。途中で人がどんどん乗り込んできてピーク時には乗車率150%。道が悪い上にあまりにもタイヤに負担がかかりすぎたためなのか、途中の休憩所でタイヤを見ると湯気が上がっていました。大丈夫なのか!? 






  途中ランタン国立公園の入域料3,000ルピーを払い、セキュリティチェックポストで荷物を調べられて、結局到着まで9時間半かかりました。直線距離だとほんの50Kmほどなのですがアップダウンの激しい曲がりくねった悪路なので仕方ありません。これでも一昔前に比べると便利になった方です。

  さてシャブルベシに到着した時点でもう薄暗くなっていましたので、店長は当然この町で一泊するものだと思い込んでいました。しかしガイドのチャイテさんは構わず山道を歩きだします。
  そうです、ここはガイド必須の国立公園なのでいつものように一人でふらふらトレッキングではないのです。このチャイテさんは私が日本を出る前に当店のネパール側のスタッフがあらかじめ用意してくれたガイドで、とても良い人なのですが、いかんせん英語がほとんど話せません。

  どうやらスタッフは私のネパール語力を過大評価しているようです。しかし実際は恥ずかしながら片言がやっとの2歳児以下なのです。一見ちゃんと会話しているように見えても勢いとはったりでごまかしているにすぎず、相手の言っていることは半分も分かっていません。
  いまさらどうしようもありませんが山中で緊急事態でも起こったらと若干不安があります。まあ、おかげでトレッキング中にネパール語の勉強がとてもはかどりました。
  話を元に戻します。チャイテさんは懇意にしている宿があるのでそこに行くようです。

店長 「カティ タラ ツァ?(どのくらい遠いのですか?)」

チャイテさん 「アリアリ(ほんのちょっとだよ)」

  ネパール人のちょっとは信用できません。案の定、小雨の降るなか日暮れも過ぎた暗い道を1時間歩かされました。で、宿に着いてみると、営業してませんでした。まあ今は雨期の終わりがけのシーズンオフなので営業していなくても不思議ではありません。が、事前に連絡くらい入れといて欲しいです、チャイテさん…。
 ここから引き返す気にはなれなかったので、急遽この宿の息子さんの自室を空けてもらって、生活感タップリの部屋に一泊することになりました。
 チャイテさんの名誉のために書いておくと、営業していないことを除けば宿の人も親切で食事もおいしい良い宿でした。庭には防犯用のチベット犬もいますので侵入者対策もバッチリです。まあ客が泊まるはずがない自宅の方に泊ったので店長も侵入者枠に入れられたらしく、盛大に吠えられましたが。

ランタン谷
                     チベット犬 目つきがヤバイ

  翌朝、朝食はチベタンブレッド(たっぷりの油で作る、半分揚げたようなホットケーキ風のパン)にハチミツを塗って食べました。市販品ではなくこの辺で採れたローカルハチミツだと言っていました。
  7時半に宿を出発して歩き始めて2時間ほどで、ハイありましたローカルハチの巣が。

ランタン谷
                       落ちたら助かりませんね

ランタン谷

  凄い断崖絶壁のちょっとオーバーハングになった雨が当たらなさそうな所にくっついている丸い板状のものが巣です。どれほどの危険を冒してあれを採取するのかと思うと、たっぷりハチミツを塗ってしまったことがなんだか申し訳なくなります。

次回へ続く

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