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バネ鋼

タマン族の村 その3

2026年8月1日

  ガトラン村は標高2,238mの山の斜面にあります。なので村の中は石の階段が多くて立体的かつ網目状に入り組んだ構造をしています。くすんだ色の石段に、赤を基調としたタマン族独特の民族衣装が映えるのです。

タマン族
               タマン族の民族衣装

  翌日、雨が小降りになったのでパールバディークンダという湖に行ってみることにしました。クンダはネパール語で湖という意味です。
 ヒマラヤ山中の湖にはヒンドゥーの神々の名前がついているものがよくあります。ここもそうで、パールバディーはヒマラヤ山脈そのものの娘でありシバ神の妻でもある女神です。シバ神の寺院に行くと二人並んで小窓から顔をのぞかせていたりします。
  途中で山羊の群れとすれ違いました。この辺りは気候が厳しいので農業だけでは食べていけず、半農半牧なのでしょう。山羊は人間が食べられない雑草を食べて肉に変えてくれる貴重な家畜です。



  つづら折りの山道を歩くこと2時間、パールバディークンダに着きました。風の無い水面はまるで鏡のようです。


タマン族

  湖岸を彩っているのはタルチョーと呼ばれるチベット仏教の祈祷旗です。どうやらこの湖はチベット仏教の聖地でもあるようです。

  帰り道は滝の横を通ってショートカットして帰りました。細い踏み分け道を抜けるとそこあったのは三つ組みの仏塔です。これは村の内と外の境界にあって村を守護する役割があります。つまりここから先がガトラン村であることが分かります。

タマン族

  霧雨の中を歩いたせいですっかり体が冷えてしまいました。部屋にはもちろん暖房などありません。この時期は食堂のストーブにも火は入っていません。なので宿のおかみさんにお願いして台所に入れてもらうことにしました。台所には料理用のストーブがあります。



タマン族

  ついでにホットロキシーも頂きました。まずロキシーを水でちょっと薄めます。
これを鍋に入れて火にかけます。ロキシーはアルコール度数40~50%はありますので薄めないで火にかけると発火して大惨事になる恐れがあるからです。いい感じで温まったところでコップに移してフーフーしながら飲むと体が温まるのです。
  飲んでいるうちに雨も上がったので、ちょっと休んだら村内をブラブラしてみますか。

次回、「タマン族の村 その4」に続く

タマン族の村 その2

2026年7月1日

 タマン族が住むエリアであるタマンヘリテイジを目指して、中間地点であるシャブルベシでバスを降りました。ここで一泊して歩いて東に向かいます。
 翌日7時にホテルを出て、まず700mの登りからスタートします。地図上のメインの太い道はクネクネとつづら折りで登っていく道なので、まともに進むと時間がかかりそうです。なので点線で描かれたショートカットの細いルートを進むことにしました。
 下の地図を見れば一目瞭然、白い実線と茶色の点線でその距離はザックリ5倍は違います。まあ点線はそれだけ急な登り坂なわけですが。

タマン族

 全く初見の山道を歩くときはGPSに連動したマップがとても役に立ちます。しかしここヒマラヤもどんどん変化しているせいで突然マップにない道に突き当たりました。最近斜面を切り開いて作られたのでしょう。切り開かれる前の地形を想像して、マップに表示されている点線の道を探すこと十数分、通りかかった現地人に聞いてやっとルートに復帰できました。

 てなことをやっているうちに、空がにわかに掻き曇って雨が降り始めました。雷も加わってどんどんひどくなります。ちょうど一休みしたかったので茶店でお昼ご飯にしました。
 この辺りは既にタマン族が多く住む地域ですので茶店のおばさんもタマン族です。タマン族の民族衣装は独特のもので、特にその帽子は刺繡を施した美しいものです。一つ手に入れたかったのですがどこにも売っていませんでした。自分で手縫いで作るのでしょうね。

タマン族

タマン族

 お茶を飲んでいる時にすぐ近くに雷が落ちて、バチィッという音とともに茶店のコンセントが火を噴きました。しかしおばさんは全く動じません、それどころか火を噴いたコンセントに平然とミキサーをつないでウィーンと昼食を作り始めたのです。
 おそらくこんな事は日常茶飯事なのでしょう。火を噴いた瞬間にうわっと声を上げた私の方は見てもコンセントには見向きもしませんでしたから(絶対に視界に入っているし音も聞こえているはずなのに…)。雨が降っている時にはスマホに充電しないことにしました。

 ご飯を食べたら雨も止んできたので、今日の目的地であるガトラン村目指して歩き出しました。ガトランはタマン族の伝統的な家屋が立ち並ぶ村だと聞いていました。しかし11年前の大地震でかなりの損害を受けたらしく、家々の半分以上はトタン屋根に変わってしまっていました。非常に残念です。
 下の写真が地震を生き残った伝統家屋です。屋根は板葺きで壁は石造り、住居は2階部分にあります。1階は家畜のスペースで牛やヤギが飼われています。2階のドアの横には必ず木彫りの飾り窓があって美しい彫刻が施されています。

タマン族

タマン族

タマン族

タマン族

 カトマンズ盆地でみられるネワール族の伝統建築は木とレンガで作られています。一方、こちらは石と木が主な建材になっています。木彫りの飾り窓があるところは共通していますが、よく見るとデザインが異なります。ネワール建築でみられる唐草模様が使われていないのです。下の写真が典型的なネワール建築の飾り窓の例です、違いますよね?

タマン族

 ちなみに泊まった宿もこんな感じの板葺き屋根で味がありました。部屋は清潔で御飯もおいしかったので不満はありません。ただ連日雨降りだったためソーラーのホットシャワーが使えなかったのが残念です。



次回、「タマン族の村 その3」に続く

タマン族の村 その1

2026年6月1日

  過去の店長日記でも何度か触れたことがありますが、ネパールは50を超える民族から構成される多民族国家です。今回はその中の一つ、タマン族の村を訪ねた時のお話です。

  ほとんどの外国人旅行者が「ネパール人」だと思っている人たちは首都近郊に多く住むネワール族です。一方、人口ではネワール族を上回るにもかかわらず外国人が目にする機会が少ない民族にタマン族があります。
  2011年の国勢調査の結果を見てみますと、タマン族はネパール中部とその北側山岳部のチベット国境付近に多く住んでいる事がわかります。総人口は130万人ほど。日本で言えば広島市やさいたま市の人口と同じくらいです。民族的にはチベット人に近いため見た目は日本人とあまり変わりません。
  言葉は大抵は共通語であるネパール語も話します。しかし国勢調査によると多くの人は独自の言語であるタマン語の方を母語としています。文字もチベット文字に似たタマン文字があることはあるのですが、現在はほぼ使われていないようです。

  さて、このように独自の文化を持つタマン族の村が点在するタマンヘリテイジと呼ばれるエリアがランタン国立公園の西側に広がっています。我がネパールナイフが拠点を置くバクタプルからバスを乗り継げば行けそうなので、今回行ってみたという訳です。

  ここ最近は国立公園の入園やガイドの要否などのルールがころころと変わって分かりづらいです。ツアーガイドなどもしている当店のスタッフに確認すると、事前の届け出もガイドも不要との事でしたが安心できません。
  ひとまず単独で入山して、チェックポストで何か言われたらその時考えることにしました。タマン語どころかネパール語もかなーり怪しい店長ですがまあ何とかなるでしょう。

  ランタン国立公園方面へのバスは首都カトマンズの中心部から3kmほど北側のマチャポカリという場所から出ます。そのはずでしたが、行ってみるといつもならうじゃうじゃ停車しているバスが見当たりません。
  その辺の人に聞いてみると400m東のナヤバスパークに変更されたそうです。早めに着いておいてよかった、やはり変更が多いです。ナヤバスパークまで徒歩で移動して結構広いスペースを尋ね歩いて出発10分前のバスを見つけました。直前にトイレにも行けて準備はOK!

タマン族
   車体にWi-Fiとか冷房とか座席にテレビがあるとか書いてありますが、全部ウソです

  お昼ご飯は途中で寄ったお店で定番のダルバート。店長は手で食べるのがいまだに苦手なのでスプーンで頂きました。おかわり自由で300円。



次回、「タマン族の村 その2」に続きます。

サク―

2026年5月1日

  ネパールのカトマンズ盆地内にはネワール族の築いた町が点在しています。カトマンズ盆地の西側には首都であるカトマンズ、そして東端にはサク―という古都があります。今回はこのサク―のお話です。

  同じ盆地内にあるパタンやバクタプルといった町とは違って、サク―は特別な宗教行事がある時以外は観光客が訪れることはあまりありません。店長が訪れた時にも自分以外の外国人は見かけませんでした。なので騒がしい所を避けて静かにネワールの古都をぶらぶらしたい方にお勧めです。
  当店の拠点があるバクタプルからは直行バスが無いようなのでちょっと行きづらいですが、カトマンズから行くならバスで約1時間、直線距離で15~20kmといったところです。
  バスを降りると旧市街の入り口に大きな門があります。サク―に限らずネパールの古い町は大抵入り口と出口に門があることが多いのです。
  門にはヒンドゥーの神々や八吉祥などおめでたい絵柄が描かれております。

サクー
                                                     これが南門


                        こっちは北門

  サク―は小さな町ですので旧市街は南門と北門に挟まれたほんの500mほどです。新しく作られた感じがする南門に比べて古いレンガ造りの北門の方が質素です。
  しかしかつてはチベットとの交易で栄えた町ですから、チベット側を向いた北門が実は正門なのかもしれません。北門周辺に神々の石像が多く佇んでいる様子からしてもそんな雰囲気です、あくまで店長の勝手な想像ですが。
  旧市街の中は木と煉瓦で作られたネワール様式の建築物が並んでいます。パタンやバクタプルの街並みに比べると見劣りしますが、とにかく静かで土産物屋もしゃれたレストランもありません。


上の写真は北門前の神像群です。左からハヌマーン(おサルの神様)、ガネーシャ(象の頭を持つ神様)、シバ神(だと思います)。

  北門を出ますと丘に向かって上り坂になります。しばらく登ったところにヴァジラ・ヨギニというお寺があるらしいので歩き出しました。
  しかし30分歩いてもそれらしきものが見えてきません。そんな時、店長の横にバイクが止まりました。なんと、お寺に行くなら一緒に乗せて行ってくれるとのことです。なんという親切な人でしょうか!見ず知らずの、それも外国人にこんな風に声をかけてくれるなんて!
  日本の田舎町ではそうそう同じことが起こるとは思えません。やはりネパールは良い所です。

  お寺に近づくと五色のタルチョーがたなびいていました。これはチベット仏教の祈祷旗で、風になびく事でお経を読んだのと同じ功徳があるとされています。つまりここはヒンドゥー教のお寺でもありチベット仏教のお寺でもあるという事なのでしょう。
  階段を降りると中庭があり、そこから更に階段を降りると、ようやく金色に輝くお寺が姿を現します。なるほど、こんなに低い位置にあるせいで道路からはさっぱり見えないのでしょう。
  そして、ハヌマーンの石像を見た時から予感はしていましたが、お寺はサルだらけでした。お寺には黒い犬もいて、どうやらサルとは敵対関係にあるようです。なぜだか銃を持った兵士らしき人もおりました。

サクー

  こじんまりしたお寺ですが、彫刻と彫金細工が素晴らしい! 来てよかったです。
都会の喧騒から離れてじっくりお寺や伝統建築を眺めたい方にはお勧めの場所でした。

おトイレ

2026年4月1日

  今回はおトイレの話です。
  これは避けてしまいがちな話題ですが、実は旅行者にとっては重要事項です。外出中にもよおした場合、日本ならコンビニや公園にトイレがありますが、ネパールではそうはいかないので旅行中にとても困ることになるのです。

  ネパールも首都圏でこそ最近はトイレが併設されたショッピングモールもできましたが、それも中心部だけです。更にいつぞやの店長日記でもお話ししたようにネパールには公園というものがほぼありません。コンビニもほぼありませんので切羽詰まってコンビニに入って用を済ませる、などという事もできません。
  小売店はあちこちにあるとはいえ通りがかりの外国人がトイレを借りるのは非常にハードルが高いものがあります。

  これがトレッキング中となるとまた話は別で、まあ何と言いますか歩いている時はその辺の茂みで済ませる事になるので街中よりむしろ困りません。ただ別の問題があります。それは宿泊するロッジのトイレのクオリティです。
  まずは基本を押さえるための比較対象としてネパールの中級ホテルのトイレ&バスルームをご覧ください。

トイレ

トイレ

  まずまず普通のトイレですね、日本のビジネスホテルのようです。

  では次に標高4,400mのロッジです。まず部屋がこれ。

トイレ

  もちろんトイレ付きではなく、トイレは廊下に出て突き当りにあります。
  これがトイレのドアですが、既にかなりいい雰囲気を醸し出しています。

トイレ

 開けて一歩中に入ると、こうです。

トイレ

トイレ

  粗末な作りですが、不衛生ではないのが救いです。

  もう一つ、ここから半日ほど下ったところにあるロッジのトイレも紹介しましょう。
  こちらは大変風通しの良い作りとなっております。

トイレ

トイレ

  また窓(といいますか壁の穴)からはシャクナゲの林を一望することができ、詫び寂びを感じさせる風流なトイレといえましょう。窓の位置から察するに、雨天時には使用者は更にダイレクトに自然を感じることになるのでしょう。

  実を言うと、上の2か所はまだ良い方だとお考え下さい。なぜなら行きたくなったら自分の部屋からロッジ内をちょっと歩くだけで行くことができるからです。
  けれどもトイレはロッジそのものからちょっと離れた所に別に建てられていることも多いため、悪天候時にはもうクオリティ云々ではなくその立地に泣かされることになります。
  無論、照明もありません。放し飼いの犬がいるケースなどは最悪です。

  普段は便利で清潔なトイレがどこにでもある日本に住んでいますが、トレッキングに行くとトイレの有難さに気づかされます。

運悪く雪中トレッキング

2026年3月1日

 店長の趣味はトレッキングです。ですが経験も浅く、持っている装備も軽いものですので、冬季にはトレッキングはほとんどやりません。
 しかしながらヒマラヤの天候はヒンドゥーの神々の気分次第ですので、自分の意志とは無関係に雪中トレッキングになってしまうこともあります。

 ヒマラヤの4,000m付近では普通は5月ともなれば山頂や谷筋に雪は残っているものの、そろそろ高山植物が咲き始める季節でもあるので大量の降雪はまずありません。そのはずなのですが、神々のご機嫌が悪いときには下の写真のような有様になります。

雪中

雪中

 せっかく咲いた高山植物も雪に埋もれてしまいました。まあヒマラヤの高山植物は可憐に見えてもこのくらいで枯れるほどやわではないので心配いりませんが。
 やわなのは店長です。防寒着の上からレインウエアを重ね着しても常に動き続けていなければ耐えられない寒さです。その辺に立ち止まって休憩すると凍えるので休憩はロッジに着いてからになります。ロッジに入ればさすがに食堂のストーブには火が入っています。

雪中

雪中

 暖かな食堂でほかほかの揚げジャガにヤクのチーズがかかっている軽食なんて食べたらもう動きたくなくなります。しかしここでぬくぬくして予備日を使い切ってしまえば帰国便に間に合わないという最悪の事態を招きます。
 従って震えながら歩き続けるしかないのですが、ここで別の問題が発生します。20cmも積もってしまえばもう道が見えなくなるという問題です。

 下の写真をご覧ください。池の周りにあるはずのトレッキング道が完全にわからなくなっています。

雪中

 こんな時は経験豊富なガイドにすべてお任せするに限ります。普段一人で歩く店長ですが、たまたまこのエリアはガイドなしでは立ち入れない所だったので助かりました。そのガイドも時々道を間違えてつつも大きく外れることはなく、無事に降雪地帯を抜けられました。
 1,200m下った本日の宿泊予定のロッジでは雪は雨になっていました。

 翌朝、雨は止まず濃い霧まで出ていました。景色が全く見えない上に雨の中を歩くとは、一気にやる気がなくなってバスに乗りました。昨日のうちにバスが通っている標高まで降りてこられたのはラッキーでした。

雪中

 バスで更に1,000mほど下ると雨雲を抜けてすっかりいい天気です。宿もゴージャスになりました。山の上は吹雪いているというのに完全に別世界です。神々もご機嫌を直してくれたのかもしれません。
 いままで地元の人たちが峠や中庭で神々に薫香をささげる姿をたびたび目撃してきましたが、なるほど、こういう事なら神々のご機嫌を取りたくもなるというものでしょう。

ネワールのアイデンティティ

2026年2月1日

  これはたまたま偶然なのかもしれませんが、最近よくネワール料理のお店を見る気がします。
  いきなりネワールといっても分かりませんよね。ネワールというのは首都カトマンズ周辺に多く住む民族のことです。ネパールという国は多民族国家で、約50もの民族集団で形成されています。その一つがネワール族というわけです。

  ネパールの民族集団にはかなり特色があって、生活圏や外見や服装がはっきりと違います。しかしながらこれまではその特色を打ち出した商売というものを街中であまり見かけませんでした。せいぜいが料理がおいしいと評判のタカリ族が経営するレストランと、チベットから亡命してきたチベタンによるカーペットや布製品くらいでしょうか。
  シェルパ族による山岳ガイドやポーターの仕事と、勇猛果敢で知られるグルカによる外人部隊のグルカ兵というのもありますが、ネパール国内で日常的に見かけることはありません。

  『ネワール』をコンセプトにした料理屋が目に付きだしたのは、コロナが下火になりネパールの観光業が息を吹き返し始めたあたりからのような気がします。それ以前では店長が知る限りではキルティプルという町にネワールレストランがありましたが、その一軒しか知りません。

  タカリ族の経営するレストランはおいしいタカリ料理が食べられるのがウリです。ですがネワールレストランはただネワール料理を出すだけではありません。日本にあるインド料理屋を思い浮かべてください。お店の外観や内装やサービスがいかにもインドという感じに統一されてエンタメ性がありますよね?あんな感じでネワール族の伝統全般をウリにしているのです。

下の写真をご覧ください。

ネワール

ネワール

  最近バクタプルにできたお店です。前面のほぼすべてがガラス張りで、中に入ると伝統的なネワールの台所が再現されています。日本の焼き鳥屋やピザ屋なんかも作っているところをパフォーマンス的に見せてるお店がありますがそれと同じです。内装もネワール感満載です。







  最初の動画は
チャタモリというピザ的な食べ物で、生地は米の粉です。二番目の動画はウオー(またはバラ)と言って豆の粉で作ったお好み焼き風の食べ物です。ここでは鉄板で焼いていますが油で揚げてさつま揚げ風にしても美味です。どちらもちゃんとした食事というよりはおやつや軽食によく食べます。三番目の動画はネワール料理のアラカルトです。
  普通はネワールのご家庭ではお客様にあまり台所を見せたりしません。なので伝統的な台所で料理が作られる様子が見られるレア感があります。

  ネパールを旅行していてこんなお店を見かけたら是非中に入って食事をしてみてください。その辺のありきたりのレストランで食べるよりずっと異国気分が味わえることでしょう。

ネパールの教科書 その3<地下資源>

2026年1月1日

  今回はネパールの地下資源のお話です。
  当店のネパール側スタッフの子供から譲り受けたネパールの高校の経済の教科書を読みますと、国内の地下資源についてかなりのページが割かれていました。
  今まで店長はネパールにはほとんど地下資源なんてないと思っていました。鉄や石油などはほとんど全量インドや中国からの輸入品ですので、他の資源についても国産の鉱物はせいぜい若干の宝石と岩塩が取れるくらいかなと。
  しかし教科書を読んでみると、どうしてどうして沢山の資源があるではないですか。なのになぜ国産品が出回っていないのでしょう?
地下資源
                         高校の社会科(経済)の教科書


地下資源

  ざっくり訳してみますと、

“ネパールは非常に地下資源が豊富です。鉄や銅、石灰岩、天然ガス、石炭、鉛、マグネサイト、ニッケル、大理石、雲母などが各地に埋蔵されています。今までに若干量は使われてきましたが、ほとんどは未利用のまま残されています。”

  という事ですので、資源がないのではなく利用されていないだけのようです。おそらく宝石も開発されていないだけで探せばまだまだたくさん埋もれているのでしょう。将来の貴重な財源になるかもしれません。
  宝石と言えば、実際にそれを裏付ける証拠をヒマラヤトレッキング中に発見したことがあります。
  下の写真はランタン国立公園の標高4,300m付近のトレッキング道です。

地下資源

  もはや森林限界をとっくに過ぎていますので荒涼とした風景です。あたりを見回してももう樹木は生えておらず草やコケ類ばかりです。

地下資源

  しかし何か黒い粒が岩の中に埋まっているように見えます。

地下資源

地下資源

  これは、まぎれもなくガーネットの粒です。
  過去の店長日記でバクタプルの街中の敷石にガーネットという宝石の一種が含まれていたという話をしたことがあります。その敷石はてっきりインドあたりから運んできたものかと思っていましたが、ひょっとするとネパール産だったのかもしれません。

  教科書に載っていた鉄や銅といった他の資源はトレッキング中に見つけたことはありません。といいますか、目にしているのかもしれませんが素人には見分けがつきません。
  さて、資源があることはわかりました。しかしこんな高山に資源があっても開発は非常に困難でしょう。空気が薄いとエンジンの出力が大きく落ちるため採掘用の重機が力を発揮できなくなります。また作業員の確保も難しいでしょう。作業以前にまず高地順化できない者は採用できません。このあたりが“未利用のまま残されています”と書かれている理由なのかもしれません。

  教科書にはもう一つ地下資源が開発されていない理由が説明されています。

“探鉱と採鉱には膨大な資本の投入が必要になります。しかしながらネパールにおいては資本の不足が最大の問題になっています。”

 ・・・・やっぱり先立つものはお金なんですね。世界最貧国の一つであるネパールに一番無いものがお金なんです。
  まあ、いつかネパールにそこそこのお金ができる日まで資源を温存しておくというのも悪い手ではありません。外国の資源メジャーにヒマラヤを荒らされるよりはよっぽどマシだと店長は思います。

ネパールの教科書 その2<世界への貢献>

2025年12月1日

  前回の店長日記でネパールの教科書を紹介しました。前回は教科書で大きく取り上げられていた人口問題のお話でしたが、今回はネパールの世界への貢献のお話です。

  教科書には、特に歴史や社会の教科書にはその国が世界をどのようにとらえていて何を重要だと思っているのかが強く反映されます。また自国の「誇り」や「スタンス」のようなものも見て取れます。
  中学二年生の社会の教科書を見ますと、ネパールが世界に大きく貢献している事が随所で取り上げられています。

  でもちょっと不思議ですよね?ネパールは国土も日本の4割ほどと小さく、経済規模も世界99位で名目GDPベースで日本の約90分の1しかありません。このヒマラヤの小国がどのような貢献をしているというのでしょうか?
  それは国連平和維持軍への派兵なのです。ネパールが誇るグルカ兵は世界最強ともいわれる兵士です。彼らを含む兵士たちを世界の紛争地域に派遣して紛争が戦争や大量虐殺に発展する前に火消しをする、これは世界への大きな貢献です。

貢献

貢献

  2023年のデータではネパールの平和維持活動(PKO)従事者は並みいる大国を押さえて世界最多の6,247名となっています。これはネパールにとって大きな誇りであり、教科書で大々的に取り上げて子供たちに知らしめるべき事なのです。
  ちなみに日本は店長が調べた限りでは同時期で10名ほどでした。日本には日本なりの制約があっての事ですが、この差は圧倒的です。

  教科書の中でもう一つ特筆するべき記述がありました。「良い政治とは」という一節があるのです。
  そこにはこう書かれています。
良い政治とは、汚職を最小化し、少数派の意見を考慮し、社会的弱者の声に耳を傾けることを保証するものである。一方、悪い政治には多くの堕落の余地がある。
 つい2,3か月前にネパールで政治家の汚職に耐えかねた民衆によって暴動が発生し。汚職政治家が放逐され、新政権が発足しました。
  国会議事堂が炎上するほどのかなりの暴動だったのでご記憶の方も多いでしょう。これではこの教科書で学んだ子供たちに顔向けできません。



  今後ネパールの政治がどのようになっていくのかは分かりませんが、教科書にはこのようにも書かれていました。
良い政治とは、社会における現在そして未来のニーズに敏感なものである。
クリーンな政治が国民のニーズであるならば、進むべき道は明らかです。

ネパールの教科書 その1<人口問題>

2025年11月1日

  当店には日本側のスタッフと現地ネパール側のスタッフがおります。その現地スタッフの子供が去年高校を卒業して、教科書はもういらないというのでまとめて全部もらってきました。中学までさかのぼったらかなりの量になって、スーツケースがパンパンになりました。
  時々暇を見つけてこの教科書に目を通してきましたが、なかなか興味深いものが見えてきましたのでご紹介します。

  ちょっと大げさかもしれませんが、教科書を見るとその国が分かります。特に歴史や社会の教科書にはその国が世界をどのようにとらえていて何を重要だと思っているのかが強く反映されているように思われます。また「誇り」や「スタンス」のようなものも随所ににじみ出ております。



  これは8年生の社会の教科書です。ネパールの学校制度は日本のような6・3・3制ではなく5・3・2+2制です。なので8年生は日本の中学2年生に相当します。

  左上のつり橋はネパール北部の山岳地帯、中央のネワール様式の建物はネパール中部の旧ゴルカ王宮、右端はネパール南部のタライ平野、左下は多分摂政を務めたラナ家のビール・シンシャー、中央下は言わずと知れたギリシャのパルテノン神殿、右下のおじさんは当時の国連事務総長です。
  つまりネパールの地理と歴史、そして世界との関りを表現した表紙なのです。パルテノン神殿とゴルカ王宮を上下に並べたあたりに誇りが垣間見えます。

  さて内容ですが、最も多くのページが割かれているのは人口問題です。なんとこれだけで77ページを費やしています。それもそのはずで、今ネパールでは人口が爆発的に増加しているのです。
  4年前の統計によると毎年おおむね1%ずつ人口が増え続けており、ここ10年間で270万人の増加となっています。
  山がちで平地が少なく国土も日本の40%しかないヒマラヤの小国にとって+270万人はもう受け入れられる上限ギリギリと言っていいでしょう。ネパールにとって人口増加は待ったなしの喫緊の課題なのです。

  ちなみに日本は同じ期間で230万人の減でした。日本の社会の教科書も人口問題を取り上げていますが、当然論調は真逆で少子化対策に主眼が置かれています。ただ残念なことに手元にある高校の教科書では割かれたページはわずか2ページです。ネパールを見習ってもっと本気を出してほしいものです。

  教科書の記述も中学2年にしてはかなり突っ込んだ本気度が高い表現になっています。一例をあげると個人の取り組みとして16通りもの避妊の方法が解説されていたりします。また社会全体の取り組みとして人口増加の原因を下のように分析しています。

原因
1.文字が読めないことによる無知
  → 2021年時点で識字率は71%、つまり29%は字が読めない
2.貧困
  → 2010年時点で貧困率は25%、つまり4人に一人が1日に300円以下しか稼げない
3.伝統的価値観
  → 女性は早く結婚して子供をたくさん産むのが善である、という風潮
4.宗教的信念
  → 男児を生まないのは悪であり、家が断絶したら死んでから地獄におちる、という信念

  上記の1~4の改善には膨大な時間とお金と努力が必要なのは言うまでもありません。中でも3と4を変えていくのは極めて困難でしょう。ネパールでは伝統や宗教は日本人の想像を遥かに超える力を持っているからです。
  昔の日本にも似たような価値観はありましたが、21世紀の現在の教科書に「地獄に落ちる」事はないので子供は女の子でも問題ないと大真面目で書いてある所に闇を感じます。

  一方で伝統や宗教的信念に正面から逆らってでも人口増加を止めようとする所にこの国の不退転のスタンスを感じます。このまま何も手を打たずに数十年が経過して、270万人の増加があと数回続いたならば、国連から最貧国に指定されているこの小国はすべての資源や予算を食いつぶして崩壊すると分かっているからです。

人口問題

人口問題

  教科書の人口問題の章のまとめとして、大家族(上側の画像)ではなく小さな家庭(下側の画像)を持つことが幸せにつながると力説されています。でも「西洋や日本では小さな家族でみんなハッピー」というようなやや誇張された説明まであるのは如何なものか? 日本は少子高齢化で困ってるんですが…、過ぎたるは及ばざるがごとしです。

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