土産物屋のククリ
2014年5月1日ここ数年で首都カトマンズやその周辺都市であるバクタプルなどでは外国人ツーリスト向けのククリショップが増えたようです。十数年前はククリを専門に扱う外国人ツーリスト向けの店などはなく、お土産屋の片隅に古道具のように並べられているククリがあるだけでした。それも錆び錆びの骨董品然としたものばかりです。
一方、最近のククリショップはピカピカに磨かれた新品がガラスのショーケースに並べられたお洒落な店で、商品もパッと見は良さそうに見えます。ところがよく目を近づけるとアラが見えてくるのです。
これを見てください。
左側が土産物屋で買ってきたククリ、右側が当店の白兵戦用大型ククリです。手作りの鍛造品なので多少の誤差や真鍮製のヒルト部分に残るかすかな筋状または点状の鍛接跡等はある程度仕方がないところなのですが、ある程度などというレベルをはるかに超えて土産物屋のククリはとにかく全体に作りが雑です。例えばブレードに刻まれた描線が曲がっていたり、ヒルトの隙間を樹脂で埋めるのはいいが非常に汚かったり、ブレード全体が左右に微妙に歪んでいるなど、日本人の目には「どうしてここで手抜きをするかな?」と思われる部分が多いのです。これは決して鍛冶屋の腕が悪いばかりでもなく、手抜きとも言い切れないものがあります。根本的な原因はネパール人の気質なのです。つまり「実用上問題なければ気にしない」という気質です。
当店のネパール人スタッフによれば「気にしない」どころか「気づかない」というのが正しいそうです。パン屋さんでアンパンを買うとき、表面に散らばったケシ粒が左右均等でなく微妙に右側が多くても気にする日本人はいないでしょうし、それ以前にケシ粒の散らばり方が偏っているなんて気づかないでしょう。どうやらそんな感じらしいのです。
今度はブレードの描線に注目してください。獲物の血を流すためともとも言われている描線ですが、左側の土産物屋のククリは太さが均一ではなく途中で途切れてしまっています。右は当店のククリです。更に言うならブレードはどちらも鏡面仕上げしてありますが、土産物屋のククリは表面がデコボコなのがおわかり頂けるでしょうか? チョウ(ブレードの根元のM時型の切れ込み部分)の作りも非常に雑です。
さすがに「錆びていると外国人には売れない」ということには気が付いたようですが、地元ネパール人向けのククリは錆びていても平気で売られていますし、また買われています。なぜならネパール人にとってはククリは日常的な実用品であって断じて眺めて楽しむ物ではないからです。日本人にとってアンパンが実用品であるのと同様です。アンがはみ出していなければOKなのです。
やれ描線が途切れているとかブレードがデコボコしてるとかいったような「取るに足らない」ククリの瑕疵に文句をつける日本人はネパール人の目にはほとんど病的に神経質な人に映ります。なぜそう断言できるのかと言うと、以前ネパールの鍛冶屋に当店の品質基準をクリアしたククリを作らせるための指導をした際には、なんでこんな細かいことに目くじらを立てるのか? という反応をされるのが常だったからです。現在当店と契約している鍛冶工房を探し出し、日本人が満足できるレベルのククリを作らせるまでは困難の連続でした。
そもそも見込みのある鍛冶工房を見つけるだけでも大変だったのです。評判の良い工房にククリの試作品を発注し、出来上がったククリの悪い部分(ネパール人にとってはどこも悪くないことに注意してください)を懇切丁寧に説明して再度試作させます。これを3回ほど繰り返して改善しないようならその工房には見切りをつけて次の工房を探します。何度これを繰り返したことか、そうやってようやく最高の腕を持つ工房を見つけ出し、契約に至ったのが現在の鍛冶工房なのです。
しかし高品質な試作品を1本だけ作るのとロット単位で大量に作るのとではハードルの高さが違います。常に一定の品質を維持して大量に鍛造できるようになるまでしつこく指導を続け、山のような不良品を乗り越えて現在に至っております。ここまで2年かかりました。今でさえ10本打てば1本は当店の基準を満たさないものが混じります。
工房長のプルナさんにとってみれば信じられないくらい神経質で口うるさい嫌な注文主だったに違いありません。日本でパン屋に外国人がやって来てアンパンのケシ粒の散らばり方に文句をつけた挙句、気に入るパンが焼けるまでしつこく2年間も焼きなおさせ続けたようなものです。我ながらクレイジーな外国人です!
ですが今ではこの工房にとって当店へ納品しているククリはまとまった額の外貨を稼ぐ大きな収入源になっています。プルナさん的にはバランスよくケシ粒が散らばったアンパンが高値で外国に輸出されているような奇妙な気分なのかもしれません。
ここまでしなければネパールで当店レベルのククリは鍛造できないのですから土産物屋のククリが残念な品質なのは仕方がない事でしょう。
それでも細かいことにこだわらないアメリカ人やイタリア人などには土産物屋のククリがよく売れていると聞いていますので、そう捨てたものでもありません。十分実用に耐えます。一方、細かいことにうるさいドイツ人と日本人には不人気だそうです。うーむ、買い物にもお国柄が出ますねぇ....。
店長から一言
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