杜松(ネズ)の林はジンの香り
2022年1月1日
ヒマラヤ山中をトレッキングしていると、ふと爽やかな良い香りが微かに漂ってくることがあります。花の香りでも料理の匂いでもはありません。なぜなら近くには人家もなく、見渡す限り花も咲いていないからです。これは杜松(ネズ)の香りです。
杜松は大抵は孤立して生えているのではなく、一面の杜松の林になっている事が多いのでより一層香りが感じられるのかもしれません。その香りはちょっとミントに似ています。でもミントよりビターな感じで若干刺激がある気がします。微かな香りなので意識していないと気が付かないかもしれません。何を意識するのかと言いますと、有名な蒸留酒であるジンです。ジンは杜松の実で香り付けされているからです。

杜松の林

杜松の実
一つ注意点なのですが、地元のネズミやナキウサギは杜松の実が好物で杜松の林で実を食べて糞を残していきます。そして恐るべきことに糞が乾燥すると地面に落ちている杜松の実そっくりになって容易に見分けがつかなくなります。下の写真をご覧ください。

こっちが杜松の実

こっちがネズミの糞
ジンはそもそも病気の治療のために杜松の実とコリアンダーやリコリスなどの薬草類と一緒にお酒を蒸留して作られた薬酒だったそうです。ただあまりに美味過ぎたため病気が治っても飲まれ続けて現在に至るとか。
もともとは薬だったものが、あまりのおいしさにいつの間にか本来の用途とは別の嗜好品になってしまったものはたくさんあります。チョコレートの原料のカカオや砂糖そのものも昔は薬だったそうです。
ちなみにヒマラヤには杜松ではなく松林が広がっている場所もあって、そんな所では皆さんご存じの松の香りがします。杜松の香りとは明らかに違ってさほどいい香りではありません。下の写真のように幹には所々意図的に傷がつけられており、松ヤニが採集されていたりします。松ヤニは灯明の材料になりますし、松葉は家畜の糞と混ぜて発酵させて肥料にしますので松林は貴重な資源なのです。


一方杜松の実が現地の人達に何に利用されているのか店長は知りません。少なくともヒマラヤでジンや杜松酒を見たことは一度もありません。ただし杜松の実は漢方薬でもあるので、飲まれてはいなくても山村の伝統的な医療に使われている可能性はあります。
実はヒマラヤの山村では杜松は実ではなく葉が主な用途なのです。それも肥料ではなく宗教的な用途に使われます。そういう意味では松以上に貴重な資源かもしれません。
杜松はヒマラヤ山中で広く信仰されているチベット仏教にとって聖なる樹木です。日本でも仏教行事ではよくお香を焚きます。普段あまり目にしませんが密教系のお寺では護摩を焚く事もあります。チベット仏教でも火を燃やす行事では杜松の葉を燃やした薫香を神々(守護尊、護法尊、精霊等々)に捧げることが日常レベルで普通に行われています。そういうわけで、杜松が人家に近い場所に孤立して生えている場合は何らかの宗教的な意図があって人の手によって植えられたと思って間違いありません。
例えば下の写真はアンナプルナ山域の標高3,800m付近の道端にあるチョルテン(仏塔)です。周囲に数本杜松が植えられています。またその下の写真は同じくアンナプルナ山域のカリカンダキ川の河畔のチョルテンです。枝に絡まった白いものはカタと呼ばれる布で、旅の安全を願ってかけられる一種のおまじないのようなものです。
いずれもちょっと手を伸ばして葉をちぎればいつでも薫香を捧げることができて大変便利です。まるでお寺の庭に線香がなる木が生えているようなものです。


皆さんもヒマラヤ山中をトレッキングする機会があれば杜松の木を探してみてください。運よく実が手に入れば帰国後に自家製のジンを作ることができるかもしれませんよ。
ただし、くれぐれもネズミの糞にはご注意を。
店長から一言
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