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バネ鋼

君はバスを押したことがあるか?

2020年12月1日

  皆さんはバスを押したことがあるでしょうか? いきなり何を言い出すのかとお思いでしょうが、まじめな話です。誰もこんな統計はとっていないでしょうが店長の推測では典型的なネパール人は数年に一度はバスを押しているのです。

 まだ何を言っているのかお分かりにならないかと思います。そもそもバスを押すとはどういう事か?バスの横に立って側面に手を当ててちょっと力を加えてみるのも「押す」ですし、混んだ車内でバスの内壁にもたれかかるのも「押す」には違いありません。
 しかしここで店長が言っている「押す」は「ぬかるみにはまり込んでスタックして動かなくなったバスを乗客総出で押して脱出する事」を指しています。

バスを押す

バスを押す

 ネパールでは長距離移動の足は何といってもバスです。ネパールは山国ですのでヒマラヤ山中を走るバス路線がたくさんあり、山奥の村々を回ります。
  そんなバスが走る道路はたいてい土か砂利の道です。林道を除いてほぼすべての車道が舗装されている日本ではちょっと想像できないかもしれませんが、ネパールでは幹線道路以外は未舗装を走るのが普通です。
 なので雨が降れば当然のように未舗装のでこぼこ道は泥沼と化します。するとどうなるかと言いますと、泥の中にタイヤが半分沈んでしまったり、穴にはまってしまったり、何でもない坂道でも摩擦力が落ちて登れなくなったりします。特に雨期に多いですが乾季でも大雨が降れば同じことです。

 こういう時は日本なら牽引車を呼んだり代替のバスを出します。しかしここはヒマラヤ山中です。周囲に他の車や助けてくれる人などいるはずもありません。仮に車が通りかかっても車を止めて手を貸すことはできません。なぜなら勢いをつけてこの場所を通り過ぎないと助けるどころか自分がスタックするからです。
 頼れるのは己のみ。ならば乗員乗客全員が知恵と力を振り絞って自力で脱出するほかありません。

 バスを降りて歩くという手もあります。ですがヒマラヤ山中を目的地まで延々数十キロ歩く気になるでしょうか。何もせずに人任せにして席に座っていることも本人の自由です。しかし自分が何もしなければ脱出の確率は下がり、目的地にたどり着けません。やるしかないのです。

バスを押す

 脱出の手順はこうです。まず車体を軽くするために全員下車して、石、草、木の枝などタイヤの摩擦を高めそうなものを探しに周囲に散ります。誰も説明などしませんし、誰も指図もしません。全員がこれから何をすべきなのか心得ているからです。
 石で道の穴を埋め、タイヤの前に枝や草を敷いたら男性全員がバスの後部に回り込んで両手を押し当てるか側面に手をかけます。そして、ドライバーの合図とともに押します。押します、押します、押します!
 それで駄目なら一旦逆方向に30mほど押し戻して、人力+タイヤの駆動力で勢いをつけて難所を走り抜けさせようとします。一度ではまず成功しません。何度も少しずつやり方を変えて挑戦します。

 へとへとになります。泥だらけになります。しかしあきらめるという選択肢はありません。諦めたらそこで試合終了だからです。脱出までに1時間以上かかることも珍しくありませんし、1日に何度もスタックすることもあります。
  店長は1日に3回押したことがあり、これが2020年時点での自己最高記録です(記録が更新されないことを切に祈ります)。

 ちょっと計算してみましょう。店長の経験的な感覚として雨季に山道を走るバスは平均して2日に一度はスタックします。ヒマラヤ山中のバス路線は結構多く、少なく見積もっても100は下らないでしょう。まあ150とします。一つの路線に1日5便と仮定します。雨季はおおむね9月から5月の9か月間とします。
 すると、雨季の間ネパールのどこかで毎日375回ほどのスタックが発生していることになり、9か月で約10万回となります。1台のバスに40人は乗っていますのでスタックに巻き込まれる人数は延べ400万人/年です。
 ネパールの人口は2018年現在で2800万人ですから、恐るべきことに1年間に全人口の実に14%に相当する人数がバスを押している計算になるのです。言い換えると誰しも7年に一度はバスを押す、ということです。実際にバスを押すのは大人の男性だけですので、成人男性に限れば3年半に一度といったところでしょうか。

 こんな運転免許の更新みたいな頻度で日本では一生経験しないであろうバス押し体験ができるワンダーランド、それがネパールです。ちなみにスタックはタイヤにとても負担がかかるので、泥沼から抜け出して数キロも走らないうちにパンクというスペシャルボーナスがつくこともあります。

バスを押す

 もちろん予備のタイヤなど積んでおりませんのでその場でタイヤを外して修理が始まります。人が乗っていると重くてジャッキが上がらないため雨が降っていてもバスを降ろされ木陰で雨宿りする羽目になります。はい、ワンダーランドですね。
   山間部の木陰は雨季は特にヒルが出ます、知らぬ間に服の隙間に入り込み血を吸われます。ええ、ワンダーランドですとも。

 でも力を合わせてともに危機を乗り越えた後は乗客たちととても仲良くなれます。外国人に気後れして話しかけられなかった人達も気さくに話しかけてくれたりお菓子をくれたりします。
 仲良くなるきっかけとしてはあまりに代償が大きすぎるという気もしますが、雨が降る中、目的地まで10時間以上むっつりと座っているより断然楽しく過ごせます。そう考えるとスタックするのが待ち遠しいくらいです.......すみません嘘です二度とやりたくありません。

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