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バネ鋼

六道輪廻図

2018年8月1日
  アンナプルナ山域の下ムスタンと呼ばれるエリアにジャルコットという村があります。その昔、まだネパールが数十もの小さな王国に分かれて争っていた時代(日本で言えば戦国時代に相当します)にはこの村と周辺の地域は一つの小王国でした。今でも村には崩れかけた城塞の跡があります。
  この村に滞在していた時の事です。村の中心部の小高いところに赤いレンガの大きな建物があります。赤という色はネパールではお寺によく使われる色で、その例に漏れずここはこの村の(というか旧王国の)中心となる寺院でした。ちなみにジャルコットは標高3,600mのヒマラヤの山奥ですので、すでにヒンドゥー教の勢力圏を脱してチベット仏教圏に入っており、当然このお寺もチベット仏教のお寺です。

六道輪廻

六道輪廻

  お坊さんに頼んで中を見せてもらったところ中央を取り巻く回廊沿いに非常に立派な壁画があり、その中にネパールでよく見るモチーフを見つけました(下の写真)。それは「円盤に怪物がしがみついている」としか見えない物です。そう言えばネパールの国立博物館にもこれにそっくりな青銅製の大きな像がありました。きっと重要なものに違いありません。
  博物館まで行かなくてもちょっとした巻物や絵画の形を取ってその辺のお寺でいくらでも見つけられるこのモチーフがいったい何なのかは店長にとって長年の謎でした。怪物がしがみついている円の中にはおどろおどろしい絵が描いてあって何だか嫌な予感がします。お寺にあるという事は仏教的な何かであるという事で、よく見かけるという事は仏教の教えに大きく関わる何かのはずで、おどろおどろしいという事は多分何らかの「警告」や「教訓」を含んだものと考えられます。

六道輪廻

  今回思い立ってこのモチーフを調べてみてようやく分かりました。どうやらこれは「六道輪廻図」という物らしいです。六道輪廻図は「りくどうりんねず」と読みます。輪廻というのは死んだ人間が生まれ変わることで、六道というのは生まれ変わったら自分はどこに行くのかが六通りある、という意味のようです。ちなみにしがみついている怪物は、なんと閻魔大王なのだそうです。
  六道輪廻図はこの六通りの生まれ変わり先が具体的かつビジュアルに表現されており、真実かどうかはともかくとして、よくよく見れば見るほどに怖くなります。下手な怪談よりよっぽど肝が冷えますので、季節柄もあることですし、ざっくり説明して当店の読者の皆様に涼しくなって頂きたいと思ます。

  まず上の写真の真ん中にある円が6つに仕切られていることに注目してください。仕切られたそれぞれの部分が六通りの生まれ変わり先になります。右上の、時計で言うなら1時から2時にかけての部分を拡大したものが下の写真になります。ここは皆様よくご存じの人間が住む「人間道」です。今これを読んでいる皆様は人間道にいるわけです。ここだけ見ていれば特に怖くもなんともなく、ごく普通の日常的な風景が描かれています。

六道輪廻

  では続いて「畜生道」に行きましょう。時計で言えば9時付近に描かれている部分です。下の写真の通り、これは動物に生まれ変わった状態です。野生のものや飼われているものなど色々な動物が生きている様子が描かれています。無知で愚かで怠惰に過ごした人間が動物に転生する、という事になっています。「無知で愚かで怠惰」なので他の動物の餌食になったり家畜になったりしても知恵によってそれを回避することができない苦しみを味わうそうです。
  でもまぁそれが野生の掟でもありますし、仕方がないかなという気もします。またここで動物なりによい生き方をすれば死んだあとまた人間道やもっといい所に生まれ変わるという敗者復活も狙えます。

六道輪廻

  ここら辺から怖くなります、「餓鬼道」です。時計で言うと3時付近を拡大したのが下の写真になります。強欲で他に分け与えることをせず人から奪うばかりだった人が死んだらここに転生する、という事になっています。ここには食べ物がほとんどなく、やっと見つけた食べ物を食べてもお腹の中で燃え上って内臓が焼ける苦しみを味わうそうです。絵の中の人が口やお尻から火を噴いているのはそういう訳です。

六道輪廻

  円の下側の大部分を占めるのは「地獄道」です。「六通り」であるにもかかわらず均等に六分割せずここに大きなスペースを割いているという事は、この地獄道こそが一番強調したい生まれ変わり先であることを物語っています。
  まず地獄道の左側を見てみましょう(下の写真)。ここに転生した人間は全身から火を噴いていますね。日本で言う所の焦熱地獄というやつでしょうか?

六道輪廻

  地獄道の右側は逆に体が凍り付いています(下の写真)。日本で言う所の八寒地獄というやつでしょうか?

六道輪廻

  地獄道のメインとなる真ん中部分(下の写真)は日本人にとってもおなじみの針の山、釜茹で、血の池がそろっています。拙い絵ですがやっていることは非常にエグイものがあります。悪事を働いた人は真ん中に、火のような激しい怒りや心を傷つける冷たい言葉を放った者はそれぞれ左右の地獄に転生するそうです。ちょっと、というかかなりやりすぎの感があります。ここにだけは生まれ変わりたくないものです。ポイントを稼げる状況がほとんどない事から、ここで死んだ後に他の場所に敗者復活するのはキビシイものがあります。

六道輪廻

  残るは「天道」と「阿修羅道」です(下の写真)。円の10時から1時くらいまでがそれにあたります。何やら左下の人たちが右上に向かって槍を突き出しているようです。この左下側が阿修羅道で、他人より優位に立とうとして嫉妬したり蹴落とそうとした人がここに転生するそうです。ここは怒りに駆りたてられて我欲のままに戦いと殺戮を繰り返す世界で、ここにいる人たちは常に苦しんでいます。
  うーむ、競争することは一概に悪い事ではないと思うのですが、きっと他人を不当に苦しめるまでに競争することを戒めているのでしょう。日本には不正競争防止法なんて法律もありますよね? まあ地獄道よりはマシそうですが、ここにも生まれ変わりたくありません。

六道輪廻

  上の写真の右上部分が天道です。ここは悪事は働いていないが心地よい自己満足に浸っていた人が死んだ後に転生する場所なのだそうです。天道では人は長寿で何不自由ない生活をしています。更に加えて超能力まで持っていて大抵のことはできてしまうそうですが、かえってそのため自分を見つめなおして修行に励むということをしなくなると言います。まあ阿修羅道に向かって弓を射ている所を見ると、降りかかる火の粉を払うくらいの事はするのでしょう。
  何不自由ないのだから店長的には修行なんてどうでもいい気がしてなりません、生まれ変わるならここがいいですね。ですがチベット仏教的にはそうではないようです。
  どうやらチベット仏教では「自分を見つめなおして修行をする」という事が最高に価値がある事だと言いたいようなのです。では修行するとどんないい事があるのでしょう? 修行すると「解脱」できるのだそうです。では解脱するとどんないい事があるのでしょう? 解脱すると死んだ後もう六道のどれかに生まれ変わらなくて済むのだそうです。つまり上記したような無限ループの世界から脱出する方法が「修行」だという事になります。

  ループ物と言えば「バタフライ・エフェクト」や「All You Need Is Kill」、「ひぐらしのなく頃に」、「魔法少女まどか☆マギカ」等々いくらでもありますが、そこからの脱出方法が「修行」とは斬新だ! と思ったらそれは間違いで、もしかしたら六道輪廻図の方があらゆるループ物の原作に近いものであってその他はすべて二次創作(いや三次?四次?)なのかもしれません。なにしろ仏教は2500年の歴史を持つのですから。
  以前ご紹介しましたラーマーヤナが設定盛り過ぎの中二病ライトノベルの元祖のような存在だったように、今回調べてみた六道輪廻図もなかなか興味深いものでした。ネパールが属する南アジア圏はその気になればインダス文明(4500年前)まで遡るだけに、探せばもっといろいろな元祖や原作が埋もれているような気がします。


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