シャクナゲってどんな木?
ネパールの国花はラリグラスと呼ばれる赤シャクナゲです(ちなみに日本の国花は桜と菊です)。ヒマラヤ山脈の標高2500~4000mに自生し、所々シャクナゲの純林さえ見られます。日本の弱々しいイメージのシャクナゲとは違ってヒマラヤでは樹高10mを超える大木も珍しくありません。
シャクナゲは葉に毒があるため家畜もシャクナゲだけは食べ残し、また非常に硬いため薪にも使えず、結局伐採されずにまるでわざわざ植えたかのように山中にぽっかりと咲いていることがあります。乾季の終わりに山道を歩く人の目を楽しませてくれる花です。
材質は緻密で硬く非常に粘り強い性質があり、雪が積もっても枝が折れることはありません。ククリのグリップに最適な材質なのですが、大木が育つのは道もない山奥であるため、シャクナゲを伐採して製材できる所まで降ろす作業は並大抵ではありません。現在までシャクナゲの林が守られてきた理由はまさにこのためかもしれません。
シャクナゲ材は高級家具や細工物、各種グリップ用として根強い需要があり、わずかな量がネパールの市場に流通していますが入手が難しく、特に芯材は貴重です。
芯材とは10mを超すような古木の中心部にわずかにある赤褐色の特に硬い部分で、粘り強さでは辺材よりやや劣りますが耐水性・耐朽性が高い材です。ちなみに芯材の周辺の象牙色の部分は辺材といいます。
上の写真はシャクナゲの古木です。幹の直径は60cmはあるでしょう。これくらいでなければ大きな芯材は採れません。辺材は探せばまだしも入手できるのですが、芯材は入手困難でカトマンズ市内の材木商でも扱っていないか、あっても売ってくれません。店長が最初に手に入れたのも材木商からではなくたまたま鍛冶工房のストックとして30cm角程の古材があったもので、即買いしました。
その後も探したのですがグリップにできるような大きさのものは見つからず、入手した古材で20本ほど作ったらオシマイという状況でした。
そこでどうしたかと言いますと、自分で山奥の古木を切り出すことにしました。とはいっても外国人が勝手にはできませんので、策を練りました。
まず取引先の鍛冶工房の職人の一人の実家が超のつく山奥にあるので、いらない古木を一本切り倒すように手紙を書いてもらいました。ちなみに山奥の村では硬くて加工しづらいシャクナゲはむしろ邪魔者なのです。切った木は適当な長さにして乾燥させて置きます。
次にネパールには年に一度の国民的なお祭り「ダサイン」の際に里帰りするという習慣があるため、これを利用して職人が里帰りしたときに担いで持って帰ってもらったのです。これを更に工房で乾燥させ、ようやくグリップ用の芯材になります。
ここまでしないと入手できない本当に本当に貴重な材なのですが、ここまでする価値があります。大の男が全体重を乗せて振り下ろす衝撃に繰り返し耐えられる材だからです。店長は日本国内でグリップがシャクナゲ材で作られたナイフにお目にかかったことは一度もありません。
もっとも、シャクナゲ材が最適なのは極端に強い負荷がかかるククリなどであって、日本でよく見るタイプのユーティリティナイフなどにはオーバースペックかもしれません。
この幼木から芯材が取れる頃は優に22世紀になっていることでしょう....。