魔物の侵入を阻止せよ!
2021年10月1日
ヒマラヤの山奥の村々には、悪霊や精霊、魔物から村人や家畜を守るため、呪的な防衛策が幾重にも施されています。
これは昔話やフィクションではなく、現代のヒマラヤの現実の話です。 以前の店長日記で何度かヒマラヤの山奥が仏教圏であるという話をしたと思います。ネパールは平地ではヒンドゥー教がメジャーですが山岳部ではチベット仏教が盛んなのです。
ですが山岳部では仏教だけでなく民間信仰も同じぐらい盛んです。いわゆる精霊崇拝です。自然界のあらゆる所に精霊(=神、魔物)が宿ると考えられているのです。 その結果、チベット仏教と精霊崇拝が混然一体となってもはや素人の店長には何だかよく分からないものになっています。まあ日本も仏教徒が多いくせに八百万の神が住まう国なわけですから人の事は言えません、日本同様現地の人達にとっては別に普通の事なのでしょう。
なので精霊なり魔物なりが村や家の中に侵入することを防ぎ、怒りを鎮め、場合によっては逆に福を授かるための儀式やアイテムが必要となるのです。それが上に書いた呪的な防衛策なのです。
これは冗談ごとではありません。地元の新聞に「神様の土地に畑を作っていた人々が生贄の山羊を捧げるのを怠ったために神様に悪霊をけしかけられて移住せざるを得なくなった」なんて記事が載ったりするお土地柄なのですから。
以下に呪的な防衛策を店長が知っている限り列挙してみましょう。
・村はずれにある三つ組みの仏塔
ヒマラヤ山中を歩いていると下の写真のように赤白青でワンセットの人の身長ほどの高さの小さな仏塔を見つけることがあります。大抵は家も畑も何もないただの道端にあります。
・カンニ
三つ組みの仏塔を過ぎて集落の中心部に近づくと、居住地域の出入口(大抵は正面ではなく裏門)にカンニと呼ばれる塔門があります。集落中心部に入るにはカンニの下をくぐって中を通り抜けなくてななりません。
中に入って上を見上げると天井とその周囲の壁には曼荼羅が描かれています。ここは神聖な空間であって魔物はそこを通り抜けることができないと思われます。
内部
・メンダン
一方、村の居住地域の正面入り口側には村の中心部に続く道路に沿ってメンダンがあります。別名マニ壁とも言われるこれは、下の写真のように石でできた長い壁です。高さは人の背丈かそれよりちょっと高いくらいで、マニ石がはめ込まれています。マニ石というのはお経が彫り込まれた石板または丸い石で、マニはサンスクリット語で珠という意味があります。
お経が全面にぎっしりとはめ込まれたこの壁の横を魔物が通り過ぎるのは難しいでしょう。さらに壁には中に経典が入った円筒形のマニ車が並んでいるものもあり、回すとお経を唱えたのと同じ効果があるとされています。村人はここを通り過ぎるたびにマニ車を回すのですから、ますます悪いモノはこの道を通ることができなくなります。
メンダンは村の正面入り口には欠かせませんが、そこだけでなく中心部にも裏口にもそして村の外にも至る所で目にします。防備は多い方がいいのです。
・サゴ・ナムゴ
仮に何か悪いモノが仏塔やカンニやメンダンをどうにか突破して集落の中心部に侵入できたとします。人に悪さをするためには家の中に入らなくてはなりません。そんな場合に備えて家の出入口の上に取り付けられている魔物侵入防止装置がサゴ・ナムゴです。
サゴ・ナムゴは非常に凝った作りをした一種の護符で、羊の頭蓋骨と藁と木でできています。典型的には中心部に蜘蛛の巣状に糸が張られ、男女の絵や男女の象徴になるもの(男なら弓矢、女なら糸車とか)が付いています。これはよく考えられた装置で、まず戸口から入ろうとする魔物を羊の頭蓋骨で引き寄せ、蜘蛛の巣で捕らえて、人間の代わりに男女の絵などでなだめて、最後には穏便にお帰り願うというものです。
写真のサゴ・ナムゴだと中心部と上右左に計4個の蜘蛛の巣が張られており、向かって左に弓矢が描かれた白い札があり、右には糸巻きが描かれた白い札があります。中央上部のお札には魔物を慰撫する文言が書かれていると思われます。
捕らえた魔物を殺すのではなく、慰めて敵意を取り除いてから解放するあたりに村人の優しさを感じます。
しかし家の中までは侵入できないとしても、村の中心部に悪いモノがうろついていては安心できません。仏塔やカンニやメンダンがあるため一度侵入した魔物は今度は逆に村外に出られなくなり、長い年月が経てば村は魔物の吹き溜まりになってしまいます。
それを防ぐためには村内を巡回して魔物を排除する存在が必要です。それが下の写真のポとモです。ポは男神、モは女神です。普通は正面にはポ、裏口にはモ、が置かれますが写真のように並んで立っているところもあります。
ポ モ
いかがでしょうか、実によく考えられた防衛策だと思いませんか? これらはヒマラヤならどこにでもあるという物でもありません。最近作られたトレッキング道路沿いにできた新しい村にはこんなものはありません。旧道の奥の古い村々にひっそりと受け継がれてきたものなのです。
これまで書いたことはまるで古代の書物やファンタジーノベルや異世界物の創作物の設定のようですが、数千キロの距離に隔てられているとはいえ異世界でもなく大昔でもない現実の話です。
逆に考えると、異世界に行きたいのならちょっと飛行機に乗ってヒマラヤの山奥に入ればいいのです。わざわざ異世界転生する必要などありません、言葉も習慣も民族も文化も歴史も全く異なる世界が現実にそこにあるのですから。
店長から一言
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